育児補助金の現実 by 篠原ちえみ (2011年10月)

日本で子育てをしたことのない私には、「日本とカナダとどちらが子育てしやすい?」という質問に答えることはできないが、日本の友人に聞くと「子育てに関してはカナダの方が断然環境がよさそう」という、漠とした印象を持っているらしい。

もちろん、よいところはたくさんある。たとえば、2言語(及び多言語)で育児をしている家庭が多い事実は、2言語で育てている我が家にとっては何よりのサポートでありリソースでもある。一方で、問題点も山積している。そのひとつ、4歳児を持つ私が最も問題だと思う点が、育児補助金(Child Care Subsidy、以下「CCS補助金」と略)であり、今回はこの問題を指摘してみたい。

Toronto Star紙によれば、同年6月現在で、19,817人の子どもがオンタリオ州政府からのCCS補助金を待っているという(Toronto Star, June 20, 2011)。2005年には3000人台だったCCS補助金待ちの子どもの数は過去6年で6倍以上にも増えていることになる。ちなみに、私たちの家庭では、夫と私は学生であるにもかかわらず、CCS補助金をもらえずにいる。

カナダ連邦政府は6歳までの子ども一人に対し、家庭の収入に関係なく一ヶ月に一律100ドルのUniversal Child Care Benefit (UCCB)を支払っている。また、UCCBとは別に、連邦政府から支払われるCanada Child Tax Benefit (CCTB)というのがあって、こちらは家庭の収入に応じて支払い金額が変わってくる。

一方、問題のCCS補助金というのは、オンタリオ州政府が両親とも働いている家庭に対し育児補助金を出しているもので、州政府はこのサービスを市町村に委託している。

●問題とその解決法
私と夫は、エリックが2歳半のときにCCS補助金を申請したが、未だに連絡が来ない。そして、エリックが3歳2ヶ月のとき、私はフルタイムでカレッジに戻ることに決め、それ以降、デイケア費用をすべて実費でまかなっている(トロントでは、デイケアの費用は平均するとフルタイムで約1000ドル~1200ドル)。夫の大学内のデイケアなので学生料金が適用されるとはいえ、1ヶ月に1000ドルあたりを学生の私たちが払うのは大変なこと。共働きで高い収入を得ている家庭が部分的とはいえCCS補助金をもらっていたり、移住権を持たない人たち、数年後はカナダに住む予定のない人がもらっているのも見てきた。個人的に納得いかないことも多いが、この顛末があって、私はカナダのチャイルド・ケア・システムの欠陥が非常に深刻なものだと認識するに至った。

問題を列挙すると次のようになる。

1 デイケアの費用が非常に高いこと。
2 デイケアの数が足りていないこと。
3 そのおかげで、働けるべき人が働けないこと(ほとんどが母親、+幼児教育資格を持った人たち)。

こうした問題を解決するためには、各家庭に払っているCCS補助金をやめて、デイケアを増やし、デイケアに補助金を与えるべきなのだ。同じカナダでも、ケベック州ではデイケア費用は1日7ドル。これは、ケベック州政府が個人にではなく、デイケアに補助金を提供しているからである。まずは州主導でデイケアを設置し(州立にしてもよい)、デイケアに補助金を提供する。こうすれば、ECEの人材も雇用の機会ができるし、クオリティの高くて安い、安心して子どもを預けられるデイケアがあれば、母親はもっと自由に職業を選ぶことができる。

実は、この計画は、2005年、あと一歩というところで現実のものになろうとしていた。この年、ポール・マーティン首相率いるLiberal(自由党)は、国民が長らく待ち望んでいたnational child careを導入しようとしていた矢先、Conservative(保守党)とNDP(新民主党)が政府に不信任決議を出した結果、議会は解散。その後の選挙で保守党が勝利し(有権者は資金スキャンダルに揺れていた自由党をこうして罰した)、保守党のスティーブン・ハーパー首相はそれ以後、首相として居座っているわけだが、私にはUCCBの導入は national child careのまったくお粗末な埋め合わせとしか思われない。

●隠されたメッセージ
こうした現実に直面して、母親になった私は保守党から送られているメッセージをしっかりと読み取った。そのメッセージこそ「なぜ、保守党はnational child careではなく、UCCBを導入したのか」の答えなのではないか、と私には思われる。・ 自分で産んだ子どもの世話は母親がすべし。・高収入が得られるのなら職場復帰もいいが、低賃金労働しかできない母親は子どもが1年生になるまでは子どもの世話をすべし…。

表立っては決して言わないが、保守党は伝統的な家族像を忠実に守ろうとする傾向がある。子育ては親がするもの、「伝統的家族」とは父親・母親に子供であって、決して母親と母親(あるいは父親と父親)に子どもではない、というのが保守派の社会的施策の基本的な考え方である。この考え方は、保守党の同性結婚に対する反対、人工中絶に対する反対、デイケアではなく、各家庭での子育て推進、という姿勢に如実にあらわれていて、数ヶ月ほど前、保守党の議員が「子育ては親がするもの」というコメントを出してメディアを賑わしたが、これもそうした保守派の意見の反映と考えれば容易に理解できる。

専門家をはじめ、多くの親たちはカナダにおけるチャイルドケア・システムの欠陥を認識していて、声をあげてはいるが、保守党が政権を握っている限り、カナダがチャイルドケア・システムの変革を推進するとは思われない。カナダでは、連邦政府、市政レベルにおいても、今後しばらくの間は保守党政権が続きそうである。こんな状況で、6年前に自由党が提示したnational child careが現実のものになるとは到底思われない。

そして、そんなこんなしているうちに私たちのエリックもチャイルド・ケアが必要ない年齢になっていく。私には、チャイルドケア・システムの欠陥はエリックが成長するに従ってよりはっきりと見えてきたわけで、本当にそれが必要な時期は子育てに追われ、声をあげる気力もなかった・・・。結局、チャイルド・ケアが必要なのは子どもが6歳になるまでで、それを過ぎれば必要なくなる。実際問題として、親にとっては短期的なニーズといえる。

一方では、カナダでこれまで数々の社会的変革に寄与してきたベイビー・ブーマー世代は、今はもう自分たちの健康のこと、つまりヘルスケア・システムに多大な関心を寄せている。カナダのuniversal health care(国民がすべて基本的医療サービスを無料で受けられる制度)も、これまた欠陥の多いシステムであってそのあたりの議論に比べると、チャイルド・ケア議論は勢いを欠いている。というわけで、しばらくの間、チャイルド・ケアという問題が政治的課題として優先される可能性は、残念ながらほとんどないといえるだろう。

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