英語圏トロントの「エイゴ」by 広瀬直子 (2011年10月)
ある日、私が 買い物をしていたトロントのスーパー(中国系向けのスーパーではなく白人のお客が多いところ)で、中国人のおばちゃんがギョウザの試食販売をしていた。英語ネイティブのカナダ人がたくさん買い物をしているスーパーで、おばちゃんはこう叫んでいた。
「China dumpling, 2 for 5 dollar, bely good, bely chip.」(中国、ギョウザ、2つ5ドル、とってーもおいちいね、とってーもやしゅいね)。
この日本語訳はうますぎると思えるほどの下手な英語だった。China でなく、形容詞のChineseを使うべきだし、dumpling, dollar には複数の s が付くべきだし、おばちゃん、very の発音ができなくてbeli、cheapの発音ができなくて、chipと言っている。
でも、そのなまりがまたおいしそうに聞こえたのか、アジア人のおばちゃんがフライパンでギョウザを焼いているという状況からだいたい言うようなことは想像が付くので、カナダのお客さんはちゃんと理解して、試食したり、ギョウザを買ったりしていた。
私は思った。基本英語を学習する日本人は、このおばちゃんから学べるものがある。間違った英語で、続々やってくる英語ネイティブに大声で叫んでいながらも、一番大事な情報、「中国のギョウザ」、「2袋5ドル」が立派に通じているのだ。下手な英語で堂々としている彼女の態度には尊敬の念すら覚えた。
アメリカが「人種のるつぼ」と言われてきたのに対し、カナダは「人種のモザイク」と描写される。これは、「るつぼ」のように人種が新社会に「溶け込む」のではなく、それぞれが文化背景を守りながら、多文化社会の一環をなし、色鮮やかなモザイクを形成することを理想とするからだ。上述の中国人のおばちゃんがで堂々としているのも、そんな社会を反映しているといえるかもしれない。
トロントは英語圏に位置しており、もちろん主流は英語だが、それ以外の言語もかなりの程度の「市民権」を持っている。人口の約半分がカナダ国外で生まれているこの町で、英語に次いで最も多く家庭で話されている言語は、中国語だ。(次いでイタリア語、パンジャビ語)。
自宅で非英語を話している人も、他語の話者と話すときは英語に切り替える。多くが、自文化の言語と英語のバイリンガルでもある。同じ言語を話すもの同士では「地元ネタ」で盛り上がることはあっても、英語で他の人種と話すときには、コンピューターのシステムを切りかえるように、頭を「英語モード」に切り替え共通の話題を見つける。2つ以上のシステムを切り盛りしている。
そしてもちろん、イギリス系カナダ人のように主に英語系の背景で育った人も、英語ネイティブだけの間で通用する話題を非ネイティブにふりかざさないことで、この多文化・多言語社会が成立している。
非ネイティブのトロント人は、日本人の目指す英語学習の姿勢のひとつのあり方を提示してはいないだろうか。
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