長らく海外に出ていた日本人がぶちあたる見えない壁 by篠原ちえみ(2012年9月)

日本にいたときは何とも思っていなかったのに、12年をカナダで過ごして帰ってくると違和感を感じる、そういう状況に日々遭遇する。違和感を感じるもののひとつ、paternalism(温情主義)と社会的役割分担に関して思うところを書いてみよう。

私が日々の通勤に使っているのは京阪電鉄だが、車内広告をみまわすと若くてフェミニンな女性が圧倒的に多いことに気付く。当の京阪も、大手デパートも、サラ金会社(サラ金って死語なんだろうか?)も、街角の質屋も、こぞってそうした女性がにっこり微笑んでいるイメージを選んでいる(それも顔だけが大きくクローズ・アップされていたりする)。私はそれらのイメージをじっと見てみる。いったい、広告主は何を訴えようとしているのか?

しばらく考えているうちに、「安心感」ということばが浮かんできた。彼女たちは見る人を肯定もしなければ、否定もしない。別に何を訴えかけているわけでもない。広告を見る人はこうしたかわいい女性が微笑んでいる姿を見て、何よりもまず「安心」するんじゃないか。

Ladies and Gentlemen. Welcom to the Shinkansen. This is the Nozomi Super-Express bound for Hakata. We will be stopping at…

新幹線に乗ると聞こえてくる、この車内アナウンス。あの高いトーンの女性声が、今の私には何とも不快(で正直言って、うっとおしい)に感じられる。ただ、私には不快に感じられるあの声も、日本では意外や意外、「快適」とか「品がある」、おまけに「セクシー」と感じる人の方が多いらしい。

車内アナウンスといえば、雨の日にだけ流れる「傘のお忘れには十分注意してください」や、ケーブルカーの「お降りの際には、車内が揺れますので足元には十分・・・」アナウンスもうっとおしい。まるで親のように行く先々で心配してくれる(まさしくpaternalism)、そうしたアナウンスが私にはちょっぴり不愉快である。

「丁寧」といえばそうなのだが、それだけだろうか。こうして気遣いしてくれたり、安心感を与えてくれる過剰なサービスは、女性のイメージを使った広告やアナウンサーの高い声によってますます自然化される。日本社会では圧倒的にこうした役割は「女性のもの」とされており、女性がこういう役割を果たしているのを見ると、多くの人は極度に安心するのだろう。

また、一方で私の目には、日本では多くの女性がこの「役割」を無批判に(あるいは喜んで?)引き受けているようにも見える。たとえば、女性の服装には今もカルチャーショックを感じる。フリルやレース、柔らかい素材、ヒラヒラしたもの、フワフワしたもの、リボン・・・、いやあ、私の目にはこういうのが「おそろしくフェミニン」なんだけど・・・。本人が好きならいいじゃない、と言われそうだが、ファッションは「見る」「見られる」の微妙な関係性という要素からもなっているわけで、一方の嗜好に簡単に限られる話ではない。

「日本では女性がよくこんなのを許しているわね」というのもよく感じる。本屋さんに行くと、誰の目にも見えるようなところにポルノ雑誌やポルノ・マンガが積まれている。あるいは、昔から言われていることだが、週刊雑誌の広告(吊革広告、大手新聞の紙面下に入る広告)の言葉のいくつかは明らかに男性が男性向けに書いていて、不快なほど卑猥で下品。男性がやめないのなら、一方で「ああいうの、やめなさい!」という批判の声が女性から上がらないのだろうか、と疑問に思うが、これも「役割」という観点から考えれば合点がいく。

日本は確かに表面的には民主主義社会だし、男女同権も機能しているように見える。女性だからといって表立って差別されることはない。だから、「日本社会における女性の地位の低さ」を語るより、「日本では女性も男性も自分の役割分担を無意識にわきまえている」点を語ることの方がきっと生産的だろう。私の目には、それぞれが自らの「役割分担」の範囲をわきまえ、その範囲でできることを、それはそれは驚くほど「プロフェッショナルに」やっている(このあたりはすごい!)、と映る。

個人の役割分担は、見えないガラスの壁でしっかりと区切られている。その中にいれば意識されることもないけれど、いったん外に出て戻った者には、実は自由に歩きまわるのが難しい社会である。こういうことはどこかで読んでいたし、聞いてもいた。ただ、実際に自分が「アウトサイダーに見えないアウトサイダー(だって、外見は日本人だから)」になったとき、これがよく見通せるようになった。私には、こうした社会は、critical thinking/クリティカル・シンキングのスキルを訓練されていない国民によって無意識のうちに継続されているように思うが、ま、それはまた別の機会に書くことにしよう。

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