高齢者介護の現場に立って by 金辺弘幸 (2012年12月)

日本では介護分野の仕事に関し「過重労働、薄給、腰痛、等・・」が問題視され、これが介護施設職員の定着率の低さやサービスの質の低下につながっているといわれている。

定年退職し時間に余裕のある私は、このことの実情を知りたいのと、また社会への恩返しの気持ちもちょっぴり含め今年の秋から介護施設にパートタイムで勤めることにした。

場所は、自宅からも近い岡山県は倉敷市内の民間施設。滞在型の有料老人ホームで、利用者の構成は80%が認知症、70%の方が車いすを必要とし、10%の人が補助なしの自力で歩ける人達。

仕事を始めて2カ月半、まだ一人前とも言えない存在だが問題点の多くが見えてきたように思える。ハードな労働と時間、驚くほど安い正規職員の給与(ちなみにパートの私は時給850円)、腰痛で病院通いを強いられている職員など日々経験し眼にする。

パートである私も勤務中に気を抜ける時間がない。集中力が失われると利用者の思わぬ事故につながるから。ちなみに転倒事故を2回目撃したが、あっという間の出来事だった。

過重労働の上、勤務時間の長い職員の集中力の低下は否めない。(正規職員は日勤、早出、夜勤で構成されるシフト勤務。例えば夜勤は夕方5時出勤の翌朝9時上がり。しかし引き継ぎ業務や報告書作成などで上りが昼ごろになるケースも多い。)このような状況の是正が早急に求められるところ。

しかし本当の問題点は、施設が高齢者の社会復帰を目的とした場になっていない事のように思われる。

施設で働く人の多くは、意義のある仕事を求めこの世界に入ってきた真面目でやさしい若者たち。しかし実際の現場では、時間的制約などで利用者にしてあげたいと思っていることもなかなかできない現状にぶち当たる。

介護においては個々の利用者の事情、ニーズは個別性が極めて強く、すべてオーダーメイドのサービスが要求されるが丁寧な対応は事実上不可能な状態。そのため手のかからない利用者にサービス提供する機会はどんどん失われていき、やがては自立生活の実現可能な利用者もその能力を喪失していく方向にあるように思われる。現在の施設は、姥捨て山状態に近いと言っていいかもしれない。

それでは解決策があるのかと問われても誰にも回答がないのが実情。ただ現状を社会で共通の認識とし、解決のために幅広い多くの英知を集めていく地道な活動を進めていく以外にないだろう。

介護施設の現状を以下ざっと紹介する。

「コストとサービス」、介護の世界になじめない言葉だがこれが大きな問題点となっている。現在の介護報酬は介護各社がサービスの対価として受け取るシステムで、1割を利用者が負担し、残る9割は税金と介護保険料で賄っている。

日本は世界のなかでも高齢者人口の割合が年々高まっている高齢社会。人口全体に占める75歳以上の高齢者の割合は2005年の約9%から、2030年まで右肩上がりで上昇し、2030年には約23%程度までに達すると予測されている。つまり4人に1人が高齢者という社会が生まれるわけだ。このため、増大する高齢者福祉費の問題は国家運営で最大の課題と言える。

厚生労働省の試算によると、昨年の介護サービス市場は8.3兆円程度。(これは日本全国の家電小売市場規模8.5兆円と同じ程度の規模。)この8.3兆円を多くの介護事業者で争奪戦をやっている。2000年4月の介護保険制度の導入に合わせ、公的機関以外の民間からも、ある者は社会への貢献を目指し、ある者は事業としての成功を目指し多くの事業者が参入した。

そのため経営者は争奪戦の勝利や生き残りを目指すあまり規模の拡大を急いできた。結果、労働コストがなおざりになったのが実情と考えられている。これではいい人材も次第に失われていき、介護業界として悪循環に陥っているように思われる。

私の勤める有料老人ホームには現在48人の利用者がいるが、そのほかにも同じ敷地内に3つの異なった高齢者用施設が混在しており、合計で200人近い利用者がいる。

勤め始めて2カ月半、私なりに48人の利用者とのコミュニケーションに励んできた。残念ながらこの間3人の利用者を見送ったが、その兆候は前日まで全くなく朝出勤してから知ることになった。高齢者の健康状態というものがこのように急変する事を改めて認識した。別れの言葉が言えなかった、このことが私には一番つらい出来事だった。

そんな中で学んだことは、前述したことの繰り返しだが介護施設において個々の利用者の事情、ニーズは個別性が極めて強いということだ。すべてオーダーメイドサービスでなければ満たされないという困難さを伴っている。

しかし、どのような場面で介護を行なうにしろ利用者と関わるときには、まず「声かけ」から始まる。しかし、声かけコミュニケーションと言っても様々な関わり方があり難しい。正常なコミュニケーション能力のある人、認知症の人や記憶障害のある人との関わり方、失語症や構音障害など利用者自身がコミュニケーション障害を抱えている場合等々、いろいろな状況の中でその状況に合わせて対応できることが、優れた介護技術保有者と言える。

そして利用者とのコミュニケーションは、技術という面だけではなく「マナー」という意味も持っている。これは人との接し方という人間の基本的なところに関わっており、介護職としての「慣れ」が職員の言葉遣いを乱し、社会人として失格の烙印を押されないよう十分な注意が必要だ。

そこで「声かけコミュニケーションのポイント」を抑えておくことは、日々の利用者に対しての接し方として必要だし一社会人としても重要であり、高齢者を家庭内に抱える一般の人達にも重要と考えるので紹介する次第である。

以下、声かけコミュニケーションのポイントは:

1. 高齢者の視界に入って接する
不用意な声掛けは相手を萎縮させる。相手にしっかりと自分を認識してもらってから、声掛けをすることが安心感につながる。特に高齢者は視野も狭く、不用意な声掛けは、相手への不快な刺激につながってしまうことがある。

2.ゆっくりとしたペースで接する
高齢者は、聴覚などの刺激に対する反応が遅い。大きな声や高い声は不快な刺激になってしまうことがある。大きすぎる声や早口には特に注意が必要だ。

3.高齢者のペースを待って接する
相手の言葉や行動にあわせたコミュニケーションが大切。相手の返事を待たないで次の言葉を掛けることは、高齢者にとってストレスを生む。声掛けがストレスになってしまったら、相互の信頼関係は築けない。

4.相手の目を見て接する
相手との距離を縮めるうえで、アイコンタクトは特に重要。どのようなサインを送っているのかどうかの的確な判断は、相手との距離を縮めるための重要な手段。失語症の高齢者とのコミュニケーションの方法としても欠かせない。

以上のことは、相手との信頼関係を深めるため文書にして意識できるようにし、日々積み重ねていくことが重要だ。そこから高齢者との信頼関係も生まれ、せっかく努力して得た介護技術が活かされていくものと考える。

それと声かけ以外のコミュニケーションも相手との距離を縮める手段として重要な要素だと考える。

例えば・・・・

1.一緒にいるということ
高齢者は、環境や能力などが原因で孤立する傾向にある。そして、その孤立が本人にとっていいのか悪いのか、必ずサインを送ってくる。そうしたときに、孤立感を与えないような配慮が必要になってくる。介護施設では、どうしても集団生活になってくるので、こうした配慮が特に重要。

2.相手に触れるということ
心理的な距離を縮めるということは、高齢者にとって安心感につながる。その場の状況の中で、高齢者が出しているサイン(不安)にこたえる手段のひとつに「相手の手を握る」「背中をさする」といった対応がある。状況に応じて相手に触れるという行為はとても重要だ。「触れる」というコミュニケーションも必要な介護技術の一つ。

高齢者とのコミュニケーションは日々の積み重ね。相手の立場に立って考えるという基本的なことを忘れないように注意したい。こうした基本的なことを大切にすることで、介護の様々な場面での「応用」につながると思う。

介護の仕事は精神的にも肉体的にも本当にハード。利用者にしてあげたいと考えていることもなかなかできず、きれい事だけで済まない場面も多い。つい忙しさに負けそうになる時もあるがもう少しの間頑張っていこうと考えている。

Guest Writers’ Profile (ゲスト筆者紹介)

金辺弘幸
岡山県倉敷市の田舎に長男として生まれた私が、何の因果かカナダ国籍の女性と結婚。 若いころから仕事も一所懸命にしましたが、何といっても自分の家族を持てたことの幸せ、共に過ごせたことの幸せを満喫した人生でした。 数年前、某新聞社を会社から言われる前に自らリ・ストラクション。

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