トロント市『Sanctuary City(聖域都市)』宣言 by 空野優子 (2013年3月)
「トロントに住んでいる人は誰でも、カナダでの法的な滞在資格のあるなしに関わらず、市のサービスを受けることができます。」
2013年2月20日、トロント市議会は、こんな決議を37-3の大多数で採択した。同時に、市議会は、連邦政府に対して、現在非正規にカナダに滞在している人に正式な滞在資格を与えるモラトリアムの可能性を探ることを求め、州政府にも州住民へのサービスの提供の見直しを求める決議を採択した。
トロント市には、260万の人口に対して、20万人もの非正規移住者(英語では正式に記録されていない移住者の意味からundocumented migrantsと呼ばれることが多い)が在住しているといわれている。
観光ビザまたは労働ビサで入国して超過滞在となっている人、難民申請を却下された後カナダ国内にとどまった人、など事情は様々だが、共通しているのは、滞在資格がないことで日々の生活がとても不安定なことである。そして、カナダに長年住んで働いているにも関わらず、正式な永住権の申請資格を得られる可能性はほぼなく、それでも諸々の理由から、カナダ国内に残ることを選んでいる。
さて、この決議、メッセージ性は強いが、トロントに住んでいる非正規滞在の人にとってどれだけ役に立つかという点では、はたして疑問である。
たとえば、今までも、公民館や図書館など一般の市のサービスを受けるにあたって滞在資格を問われることはあまりない。子どもの教育の権利は保障されているので、義務教育年齢の子どもは、本人や親の滞在資格に関わらず公立学校に入れる。市警察も、犯罪被害者や目撃者の滞在資格を問うことをすでに原則禁止している。
そして、生活のうえできわめて重要な医療保険や労働資格は州や国の管轄なので、残念なことにこの決議で状況が改善されるわけではない。私の勤めている識字教室も州政府の管轄のため、各生徒の滞在資格を報告することを求められており、これが変わることはないだろう。
とはいっても、この時期にカナダ最大の市町村であるトロントがこのような「聖域都市宣言」をするに至ったのは、政策面でも、移民政策の是非の考える上でも興味深い。
まず、以前の記事にも書いたが、カナダの移民政策は連邦政府レベルでは保守化の傾向にあり、難民審査の厳格化、強制退去の徹底など、非正規滞在の人のおかれる状況は年々厳しくなっている。実際、連邦政府の方針に真っ向から対立するこのトロント市の採択について、カナダ移民省長官のジェイソン・ケニーは「不法移民がカナダにとどまることを助長する間違ったメッセージ」であると批判した。
また、この非正規滞在者への対応にはもちろん賛否両論があるのだが、この論議の根っこにあるのは「ある国、または市に属するとはどういう意味か、ある場所で生活する権利は誰に与えられるべきなのか、そしてそれは誰が決められるのか」、というやや哲学的な問いかけである。
法律を破るのはいかなる事情でも許されず、不法滞在者は助けるに及ばず、という意見から、国籍で人を差別する権利は誰にもない、という考えまで、非正規滞在者への処遇をめぐっては、様々な声がある。これについては、また次の機会に書かせていただく。おりしも今議会では永住者(これは法的に永住資格を持っている人に限る)の市政参政権について議論されているとのこと。移民の街、トロント、この先どう変わっていくのだろう。
この件に関するトロントスターの記事はこちら。