イスラム教とトランスジェンダー ~インドネシアのLGBTコミュニティを来訪して~ by 佐々木掌子 (2013年5月)
クリスマスを祝った一週間後には初詣に行く。そんな宗教ファジーな日本。一方、トロントは多民族多文化都市なので、信者もモザイクであり交わらない。
そして、今回来訪したインドネシアは、9割がイスラム教徒。朝から大音響でアザーン(イスラム教の礼拝への呼び掛け)が流れ、頭を覆うヒジャブを身につけた女性たちが街を歩き、レストランや空港など公共施設にはMushollaと呼ばれるお祈りの部屋が設けられている。圧倒的なイスラム社会だ。
コーランに同性愛が「ハラーム(禁止事項)」であると記されているイスラム教社会で、さらに、国民のほとんどがイスラム教徒であるインドネシアで、セクシュアルマイノリティであること。日本とはまた質の異なる生きづらさだ。
「セクシュアルマイノリティだとわかると、警察が暴行する」。以前訪れたヒンズー国家のネパールでもまったく同じ話を聞いた。守ってくれるべき警察が市民に暴力をふるうのだ。日本では想像し難い種類の困難がそこにはある。
このような社会的状況の中、ジャカルタには、LGBTIQ(Lesbian, Gay, Bisexual, Transgender, Intersex, and Questioning)のためのコミュニティ組織が存在している。その名も、「Arus Pelangi(アルス・プランギ:邦訳は「レインボー流」)」※1。今回、ここの事務所に、トランスジェンダーであることを公言している世田谷区議会議員、上川あやさんと共にお邪魔させていただき、メンバーたちからいろいろな話を聞かせてもらう機会を得た。
これは、ジャカルタで講演依頼をされた上川あやさんが先方から「どこかジャカルタで行ってみたいところはありませんか」と聞かれ、「ジャカルタの性的マイノリティ当事者団体に会いたい」と答えて実現したものである。
Arus Pelangiは、国際会議にもよく参加する非常に活動的な団体だ。メンバーは、LGBTIQ当事者に限らず、その支援者も含み、現在、約500名。会員には国会議員もおり、権利主張のための政治的な基盤を整えている。
今回私たちが楽しみにしていたのは、Arus Pelangiのメンバーでもあるトランスジェンダーの活動家、ユリアヌス・レットブラウトさんとお会いすること。彼女の活動は、ジャカルタの邦人向け新聞、「じゃかるた新聞」に掲載されており、ジャカルタに行くならば是非とも彼女にお会いしたいと二人で切望していたのである。※2
インドネシアのトランス女性のうち、9割がセックス・ワークに従事していると言われる。家族に見捨てられた彼女たちにとって、稼ぐ手段の主たるものがそれだからだ。だからこそレットブラウトさんは、自分も含め、彼女たちの老後を懸念し、高齢者施設を開設したのである。現在、12名のトランス女性たちがここで暮らす。
彼女の話を聴きながら、生活改善のための地道で身近な努力に強い感銘を受けた。トランス女性ばかりで寄り集まって、周囲にわからないようにひっそりと静かに生きていく道もあっただろう。そのほうが穏やかな老後と言えるかもしれない。しかし、彼女がとった道はそうではなかった。
この高齢者施設を地域に開放する。彼女はイスラム社会との共生の道を選択したのだ。トランスジェンダーの施設だとわかったら、襲撃に遭うかもしれないのに。
料理教室を開く。メイクアップ講座を開講する。バレーボール大会を催す。そしてそうした行事のすべてを地域の人たちに開放し、近所に住む主婦や子どもたちにも参加してもらう。イスラム教からの寄付はないが、キリスト教の教会からはある。それについても、自分たちだけで消費せず、半分を地域に還元する。
メンバーの夜間外出や飲酒は許さない。セックスワークに従事していないことを地域社会にアピールするためだ。これも、イスラム社会でトランスジェンダーが暮らすための知恵だという。
料理やスポーツを通じて、身近にトランス女性と接した地元住民たちは、どんなふうに思うだろう。きっと楽しくお喋りに興じながら、何も特別なことなく当たり前の地域社会の一員だと認識していくのではないか。日々接していれば、本当にトランスジェンダーが宗教的教義に背いているのか否かと疑問もわき、より深く理解したいと思う人たちも増えていくかもしれない。
地域に開かれた老人施設。しかも入居者はトランスジェンダー。それだけ聞けば、なんだかまるで、最先端のライフスタイルを紹介した小粋な映画の世界のようだ。レットブラウトさんの先駆的な取り組みは、地域の未来を創造している。
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※1:Arus PelangiのHPは以下。
http://www.aruspelangi.or.id/
※2:ユリアヌス・レットブラウトさんに関する記事は以下。
じゃかるた新聞:http://www.jakartashimbun.com/free/detail/10096.html
AFP通信:http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2930469/10317208
Youtube(英語のみ):http://www.youtube.com/watch?v=HHBmN-N9sUU