「はだしのゲン」閉架をめぐる騒動 by 篠原ちえみ (2013年10月)

島根県松江市教育委員会が「はだしのゲン」というマンガを市立の小学校と中学校で閉架とする(教師の許可を必要とする)よう各学校に対し要請していたことに関して、8月上旬以来、さまざまな議論がなされている。

51tc0XycoJL._SL500_AA300_[1]このことを初めて知ったのはNHKオンライン(www.nhk.or.jp)の記事で、そこには松江市教育委員会の決定の理由として「首切りや女性を暴行する場面など、一部に過激な描写がある」と書かれていた。この文面だけ読むと、子どもたちの発達段階に応じた教育的配慮による措置だろうと大半の人が思うことだろうし、私も半月ほどそう思って、このニュースは遠巻きに眺めていた。しかし、先日、The Japan Timesの記事を読んで、その背後には教育的配慮以上のものがあるということがわかり、少し調べてみることにした。

同マンガの著者であり、実際に広島で被爆した中沢啓治氏は、その経験から一貫して反戦主義、平和主義の思想を貫くようになり、1970年代に連載が始まったこのマンガのなかで主人公ゲンを通して、その主張を表現していた。そのため、この作品は平和教育、反戦教育の材料として公立の学校では広く利用されてきた。

著者の歴史認識は、具体的には天皇の戦争責任に関する言及(「最高の殺人者」)、日本軍の兵士による斬首や女性にたいする暴行(女性性器に一升瓶を差し込むシーン)などに表れている。まさにこれらが松江市教育委員会やNHKが言う「首切りや女性を暴行する場面」であったことが、あとになって私にはわかり、合点がいった。

また、そもそもの発端は高知県高知市に住む一市民による松江市議会への陳情であった、ということもわかった(陳情第46号「松江市の小中学校の図書室から「はだしのゲン」の撤去を求めることについて」)。しかし、この陳情は賛成者なしで不採決となったにもかかわらず、松江市教育委員会が閲覧制限を校長に求めていた、という。

つまり、「閉架」の意図は、子どもたちの情緒的発達に対する配慮というよりは、むしろ歴史観の対立という、政治的な意図だったのだ。もっと具体的にいえば、いわゆる「自虐的歴史観」に反対する人たちが中沢の歴史観に対抗しようとする動きであったと言える。

南京虐殺を否定する人にとっては、この作品がある種のプロパガンダだと見えるのは理解できる。一方で、日本の戦争責任を追及する人にとっては、閉架の動きが不穏に見えるのも理解できる。つまり、歴史認識の違いこそが、今回の閲覧制限=閉架という問題の核心であるということだ。

しかし、奇妙なのは新聞報道がこぞってこの核心の部分に触れていないことだ。たとえば、NHKオンラインの記事。NHKオンラインでは、WEB特集と称して、少しつっこんだ記事が掲載されているものの、この問題が歴史観の違いから来ている、ということにはまったく触れず、うわべだけの情報を提供することに終始している。本来、ジャーナリズムとは、問題の本質に切り入ることで、よりよい社会を志向しようとするものであるのに、そこを意図的に避けているというのは何という弱腰であろう。

http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2013_0822_03.html

話は変わるが、広島県で育った私は「はだしのゲン」には個人的な思い出がある。

当時、広島県の公立小学校では、8月6日は夏休みの登校日となっていて、この日、平和や戦争について学んでいたのだが、多分、3年生くらいのときに「はだしのゲン」という映画を見ることになった。私が生まれて初めて世界観が変わるほどの激しい恐怖を感じたのはそのときだった。皮膚が熱で焼けただれ、溶け落ちている人、幼い子どもの前で子どもを思いながら死んでいく母親、腐った皮膚にわいてくる蛆虫…、最初は画面にくぎ付けになっていた私も、しばらくすると顔をあげていることができなくなり、膝を抱えたまま心臓が震えるような恐怖におびえていた。体育館が明るくなってカーテンがひかれ、夏の青い空が窓から見えると、恐怖が終わったことに対する安堵感と、今にも空襲警報が鳴るのではないかという恐怖に引き裂かれたのを覚えている。その日から、私は悪夢を見るようになり、夜はひとりで寝るのを恐れ、母に「もう二度と見たくない」と泣いて訴えた。母は担任にそのことを伝えてくれたようだが、やはり毎年、「はだしのゲン」を見ることになった。小学校を終えるまで、8月6日は私が最も恐れる日となった。私はその日は体育館が暗くなるとすぐに、顔を膝にうずめ、耳をふさいで凌いだ。不思議なことに、私の友達や他の生徒の反応は私ほどひどくはなかったので、私は自分が「極度の怖がり」なのだと今もどこかで思っている。

だから、「描写が過激」と最初に聞いたとき、「やっと誰かが私の気持ちを代弁してくれたのね」と思っていたが、それはこの出来事の発端となった陳情を市議会に出した市民や松江市教育委員会の意図ではなかったと知って、自分のナイーブさに苦笑した。

「はだしのゲン」に描かれている描写はこのように「過激」であるが、個人レベルで体験する戦争は、日常の常識を絶する過激なものだし、私はある意味、あの映画を強制的に見せられて、それを知ったのかもしれない、とも思う。平和教育の本質は、私たち一人ひとりがいつでも、どこでも「犠牲者のひとりになりうる」ことへの気付きを引き出すことだ。ここが、歴史の授業で戦争を教えることとは大きく異なる。いかなる戦争にも犠牲者がいることに気付き、犠牲者のレベルで戦争を見ることで、私たちは自分の問題として、現代の問題として戦争を捉えることができる。そう考えると、「はだしのゲン」の教育的価値は議論の余地もないだろう。

さて、この騒動の結果としては、8月下旬に松江市教育委員会が閲覧制限を撤回したこと、「はだしのゲン」の売上が今までになく伸びていることが挙げられる。また、一部の大手メディアは故意に言及を避けたが、インターネットなどで歴史認識に関して議論が起こること自体もよいことだと思う。よって、今回の騒動は一人の陳情によって始まった、歴史認識に関する対話という意味ではよかったのかもしれない。

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