ファミリードクターと総合診療医 by 鈴木典子

少し古い話だが、2014年7月5日、トロント商工会主催の「医療制度セミナー」に出席した。2年前に初めて開催されてから、毎年参加している。

トロントで生活していくための情報はいろいろなサイトやブログに公開されているが、英語で制度を読みこなしたり理解したりするのが難しい分野について、商工会が企画しているセミナーの一つで、交通規則、学校制度に並び評判が高く、海外赴任の家族だけではなく、移民の家族も多く参加している。

トロント・シック・キッズ・ホスピタルの伊藤真也医師と、現役のファミリードクター、カー医師の説明と、参加者からのQ&Aで構成されている。パワーポイントの資料は、在カナダ日本大使館医務班が翻訳した「健康ハンドブック」などとともに、商工会のサイトに公開されている。

http://www.torontoshokokai.org/livingguide/iryo.html

本セミナーでも大きな柱の一つになっているが、カナダで健康に暮らすために、日本人にとってなかなか難しいのが、「『ファミリードクター制度』をうまく活用すること」ではないかと思う。noriko-pic3

「ファミリードクター」は現在日本には制度としては存在しないが、似たような概念は存在する。試しにウィキペディア、グーグルで調べてみると、制度同士の混同もあり、ややこしい。

  • ファミリードクター=Family Doctor、Family Practitioner、Family Physician、直訳すると「家庭医」
  • 家庭医=患者ならびに地域住民の健康問題を幅広く担当する医療分野である「家庭医療」を担う医師、Family Practitioner
  • 主治医=病気やけが毎に担当してくれる医師、受け持ち医
  • かかりつけ医=患者・家族単位での健康維持に責任を持ってくれる医師、家庭医

http://www3.netwave.or.jp/~hata-med/kenkou/kakarituke_01.htm

ファミリードクターは、「総合診療医」General Practitionerとして、プライマリー・ケアにあたるとされる。

この総合診療医、プライマリーケアという領域は、最近になって専門領域として認知されたようだが(1978年アルマ・アタ宣言)、とりわけ日本では、領域として独立したのはなんと2010年だそうだ。

だが、私個人としては、日本では逆に慣習的・実質的に「家庭医」「総合診療医」が機能していたので、改めて「専門分野」として独立しにくかったのではないかという感がある。それは、「内科・小児科」の看板を掲げた開業医の先生たちである。

自分のお医者さんとの付き合いを思い出すと、実家では、家族全員が近所の内科の先生に、それこそ耳鼻咽喉科や皮膚科、泌尿器科にかかわるようなことでも相談し診てもらって、専門的な検査などはその先生が病院を紹介してくれていた。

結婚後は、子供たちのかかっていた小児科の先生に、私も風邪だのなんだの診てもらったし、子供がケガをしたらまずその先生のところに駆け込んで、外科医を紹介してもらった。

私が子供のころは、そうした先生たちは、夜中でも電話一本で往診してくれたり、医院を開けてくれたりしたものだ。そういう記憶があるため、カナダのファミリードクターが予約をしないとみてもらえなかったり、クリニックに勤務しているのが限られた曜日だったりすると、「緊急の時はウォークイン・クリニックかERではファミリードクターの意味がない」という印象を持ってしまう。しかし、「総合診療医」という専門医だと考えれば、勤務時間が限られていても納得がいく。

日本の医療制度で現在大きな問題になっているのが、大学病院などの研究や難しい病状を対象にするべき病院が、個人の患者が殺到することで本来の業務に支障をきたしているということだ。総合診療医が専門領域として認知され、テレビ番組になるほど養成や役割に社会的関心がもたれているというのは悪いことではないが、実は、今まで「町医者」の開業医が担ってきた家庭医としてのプライマリ・ケアが、機能しなくなっているということでもあろう。

日本でもカナダでも、それぞれ医療システムの利点・欠点はあり、時代によっても要請や需要がかわる。例えば、日本では、人間ドックの情報も、処方された薬の履歴も、個人が管理しなければならない。一方、トロントの医療システムでは、オンタリオの保険OHIP(Ontario Health Insurance Plan)に加入していれば、どこでどんな病院や薬局を利用しても、すべての情報がファミリードクターのところに集約されるというのは、とても便利で安心なことだと思う。

私自身、先日マンモグラフィーを受けた時、過去の画像データを受診検査所に自ら出向いて画像を預かり、今回受診する病院に持っていくという経験をした(返送は直接やり取りをしてくれるのだそうだ)。最初、どこで受診したか思い出せずひやひやしたが、ファミリードクターに記録があってほっとした。また、いったん専門医にかかれば、再発や類似の病気・けがであれば、ファミリードクターを経由せず直接再診の予約ができる。

トロントでは特に持病もなく健康な人は、ファミリードクターをもたなくても、それほど生活に支障はない。不便なこととしては、ウォークイン・クリニックでは予防医療をやらないため、健康診断ができないことくらいだろう。

しかし、病気やけがというのは繰り返すことが多いものだし、年を重ねれば、成人病やガンの検診など、定期的に受けておきたい。私は実母が病歴を持っているため、ファミリードクターによって定期検査が必要と認められ、日本では十万円単位の費用が必要な脳のMRIも無料で受診できたし、大腸内視鏡検査の時に胃カメラも同時に実施してくれた(白人中心の社会であるカナダでは胃の検査はほとんど実施されない)。

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生活している土地の社会システムは、そこの生活に適した制度であることが多いので、できるだけ理解し活用したい。慣れない土地で安心して生活するためには、ファミリードクターはいるに越したことはない。日本語で診てもらえる医師は数が少なく、相当多くの家庭を担当しているそうだ。緊急の時は、微妙な病状など英語では伝えにくいもので不安だが、データを集約しておく場所としてであれば、英語でしか交流できないドクターであっても、リンクのハンドブックやGreenpage、BitsLoungeなどの単語帳や電子辞書などの助けを借りて、何とかコミュニケーションができるかもしれない。探し方についても、セミナーで説明があり、パワーポイント資料に掲載されている。

まだファミリードクターをお持ちではない方は、近所のウォークイン・クリニックの先生や知人に、新患を受け入れる先生を知らないか、ぜひ聞いてみて欲しい。

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