エリー、花子、八重という「インターナショナル」な女性たち by 広瀬直子

私の海外生活はすでに20年になるが、ここ数年、外国で得られる日本語情報がものすごいスピードで充実してきた。インターネットはもちろんのこと、「テレビジャパン」という日本語チャンネルがカナダでも放送されていて、リアルタイムで見られる番組もあるし最新のドラマもやっているので、日本に住んでいる日本人と話がずれなくなった。

数年前までは、年に一度、カナダから日本に一時帰国すると私はウラシマハナコであり、有名人はもちろんのこと「ウザい」「ムズい」や「~くない?」などの新語、新文法にいちいち驚き、日本のカルチャーや日本語の変遷のめまぐるしさに頭がクラクラしたものだった。

今、放映中のNHKの朝ドラ「マッサン」をカナダで見ている。私たち国際結婚をした者たちの大先輩のストーリーだ。大正時代、日本に住んだ国際カップル(スコットランド人の妻のエリーと日本人の夫の政春)の笑いあり、涙ありの物語だ。

最近、NHKのドラマにはいろいろな意味で私の先達の女性が主人公の話が多いように思う。「マッサン」だけでなく、「赤毛のアン」の翻訳者の村岡花子さんをモデルにした「花子とアン」もそうだったし、新島八重さんが主人公の「八重の桜」もしかり(私は海外に住み、国際結婚で、翻訳者で、同志社出身)。

でもこのような生き方はまだ少数派だ。日本のドラマもネタが尽きてきたのかどうか知らないが、ともかく、異なる文化の狭間で生きる女性の話が続いている。いずれも実在の女性がモデルだ。(花子さんと八重さんは日本を出たことはないけれど、人生の途中でキリスト教に改宗し、国際教育に携わるという選択をしている)

私はこれらのドラマを全部見ているが、実を言うと、物足りない点もある。あまりにも画一的なところがあるからだ。「花子とアン」では「赤毛のアン」の文学的なおもしろさが出ていなかったし、カナダの女性宣教師の描写も平面的だった。「マッサン」の中では、「日本の男性は仕事中心過ぎて妻や彼女に十分なアテンションを注がない」と、政春とエリーがけんかするくだりがあるのだが、そんな話はもう聞き飽き過ぎたステレオタイプで同意も否定もする気になれない。

 

日本人の国際結婚の実際はこの著書に詳しい。(サンダース宮松敬子著。彩流社刊)

日本人の国際結婚の実際はこの著書に詳しい。(サンダース宮松敬子著。彩流社刊)

(東洋英和女学院のカナダ人女性宣教師の歴史は「カナダ婦人宣教師物語(東洋英和女学院刊)」に、また日本人の国際結婚に関する調査報告は「日本人の国際結婚―カナダからの報告」(彩流社、サンダース宮松敬子著)に詳しい)

しかしそれは仕方がないとも思う。医者や警官が、その職業の出てくるドラマを見たって、平面的過ぎて、真実と異なることもいっぱいあるに違いないのだ。

それでも私は、これら「インターナショナルな女性」が出てくるドラマを見て涙をこぼしてしまう。私にとって画一的で平面的な部分があっても、自分の選んだ少数派の人生の喜びと苦労を少しでもわかって広めてくれるということが、とてもうれしい。「英語がんばりましょうよ、もっとコスモポリタンに生きましょうよ」と私たちが言うとき、「なんだこの西洋かぶれの女」というリアクションはもう少数派かもしれないが、まだそう思う日本人もいることは確かだから。

「花子とアン」にも登場した東洋英和女学院のカナダ人宣教師のストーリーはこの本に詳しい

「花子とアン」にも登場した東洋英和女学院のカナダ人宣教師のストーリーはこの本に詳しい

女であることが今よりさらに窮屈だった時代、そして自分の母語の海外テレビ放送などあるはずもなく、日本で英語の書物を探すことさえ大変だった時代に、自分を見失わず、自分の人生を生きた先達の女性たちが開いてくれた道を、自分は歩かせていただいているに過ぎないと思う。私の使命は、仲間とともにその貴重な道を大切に守り、さらに広げることだと思っている。

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