「多様な性」に向けて ~動き出した東京都・渋谷区のこれからの歩み~

文・サンダース宮松敬子

毎朝の習慣通り、私は2月12日の朝も日本のニュースをネットでサッと検索していた。と、目に飛び込んできたのは、朝日新聞の「同性カップル、渋谷に早くも転居、結婚相当証明書を歓迎」という見出しだった。

「えっ?!」と思いながら記事を読むと「東京都渋谷区は12日、同性カップルからの申請があれば『結婚に相当する関係』を認める証明書を発行する方針を発表した」とある。加えて「これは全国初の制度で、性的少数者の権利を守る狙いの条例を3月議会に提出する」と書かれている。

だが同区の総務課は、新方針にしっかりと釘を刺すかのように「この条例は同性婚を認める制度ではない」と明言し、「日本の憲法は婚姻を『両性の合意のみ』に基づいて成立すると規定しているからだ」と理由を述べている。もちろん憲法を読めばその通りで、一国の法律はそう簡単に変えられるものではない。

今は国として同性婚を認めているカナダでも、その権利を勝ち取るまでには気の遠くなるような長い年月を要した。半世紀ほど前のことなど想像し難いが、1967年には同性愛者である事がわかったことで監獄に送られたという歴史さえある。

それが10年前の2005年には、世界で第4番目(オランダ、ベルギー、スペイン)の国として、異性婚と同等の権利を同性愛者たちは獲得したのである。もちろんその流れの裏には、権利を求める彼らの地道な活動があったからに他ならない。人権を旗印に各州の地方行政を皮切りに、州政府を動かし、賛否両論はあったものの、最終的に連邦政府が同性婚を立法化するに至ったのだ。

最初はさざ波のような動きであったものが、やがては大きなうねりになり、民意を反映させ社会変革を起したのである。

sexualminority私はその流れを自分の目でつぶさに見たことで、カナダの性的少数者の権利を勝ち取るまでの歴史を日本語で書き残すことを決意し、資料集め、取材、インタビューを繰り返し、2005年に「カナダのセクシュアル・マイノリティーたち」(教育史料出版会)と題して一冊の本にまとめた。

これほど開かれたカナダにおいても、これは大きな歴史的出来事であったため、連邦政府からは、同年名古屋で開催された万博のカナダ館で講演することを依頼された。

渋谷区の場合は、なぜ今この時期かと言えば、2020年のオリンピックが大きな理由のようだ。昨年のソチ五輪では、ロシアの同性愛宣伝禁止法が差別であるとして、オバマ大統領らが開会式を欠席したことは大きなニュースだった。そこで昨年12月のIOCの総会では、「オリンピック憲章に性的指向による差別禁止を導入する」と決め、東京五輪にはそれを適応されることが明記されたのだ。

公的な立場からそうした動きが加速するのは結構なことだが、では市井の同性愛者の人々にはどんな影響があるのだろうか。

渋谷区の場合『結婚に相当する関係と認める証明書』というのが、何処までの範囲になるのかは定かでない。だが同性愛者だと2人がどんなに強く結ばれていても、法律という大きな壁の前では身動きが取れないことが多々起こるのである。

例えば、異性間なら結婚という形を取らなくても、同棲期間を満たすことで得られるはずの各種の社会保障が、同性間では適応されなかったり、事故で搬送された病院でパートナーに面会できなかったり、臨終に立ち会えなかったり、また同性カップルとして堂々と部屋を借りることが出来なかったり・・・。

そうした問題が、日本社会の中で即解消されるとは思えないが、渋谷区の動きが起爆剤になり、やがては国をも動かすようになる日が一日も早く来る事を望みたい。
ちなみに、09年から13年までにギャラップ社が約1000人に行なった「同性愛者が最も住みやすい国」の調査では、オランダ83%、アイスランド82%、カナダ80%、スペイン79%、アイルランド75%の国々が列挙された。

カナダが第3番目というのは頷けるが、では彼らはこの国で、もう全く問題なく暮しているかと言えばそれはまた違うようだ。

カナダでは、2011年にヴィクトリア出身の議員から提出された、「性転換後も公共のトイレ、シェルター、或いは刑務所などでは、出生時の性に基づいた施設を利用すること」という動議(c-270)が、2013年に下院を通過した。

現時点では、他の議員から動議修正が求められているため、上院に送られずにいる。だが万が一これが法制化した場合には、男性から女性に、女性から男性になった人は、外見とは異なる異性のトイレに入ることになり、大変な社会的混乱を招くことになるわけだ。

DSC06172
この問題について一ヶ月ほど前に、ヴィクトリアに住む性転換で女性になった人が、当地の新聞の取材を受け、動議の不履行を願う切実な訴えと共に、男性のトイレで口紅を塗っている写真が掲載された。

それを彼女がソーシャルメディアに載せたことで、世界の耳目を集めることになり、北米を始め、アジア、南米、ヨーロッパの国々の、(必ずしも法律があるわけではないにしても)同じ悩みを抱える人々から山のような写真が送付されて来たため、再度記事が掲載されたのである。

カナダの大方の人は、この動議は不履行になるであろうと予想している。

DSC06145追記:4月1日付けのニュースでは、渋谷区の条例案は本日から施行されるが、証明書の発行は数ヵ月後になる見込みとのこと。加えて、同区の動きを受けて世田谷区、横浜市、兵庫県宝塚市なども可能な施策の検討を進めるという。

まだほんの一部ではあるものの、お堅い日本の役所が一歩を踏み出したことは賞賛に値する。今後の動きに注目する点は多いが、とにかくパンドラの箱を開けたからには、オリンピックのためだけに留まらず、この「奥深い問題」と真摯に向き合っての対応を切望したい。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。