共同親権と父親の権利: ハーグ条約施行から 1 年、国際離婚の現状は?

文・野口洋美

昨年4月のハーグ条約施行から 1 年を迎えたが、移住した夫の 国で離婚(別居も含む)し、共同親権の下、子育てをする日本人 女性が抱える問題について、マスコミや評論が取り上げることは ほとんどない。そこで今回は、カナダで離婚した日本人女性たち が、どんな不自由を強いられているかについて紹介する。

picture-001オンタリオ在住の千夏さん(仮名)の元夫は、子どもが日本を訪 れることを阻み続けてきた。その理由として、千夏さんが子どもを 連れて日本へ里帰りしたままカナダに戻ってこない可能性(フライ トリスク)を挙げてきた。だが、日本がハーグ条約を施行した後もか たくなに子どもの日本行きを許さない父親に対して、千夏さんは 弁護士を立て、根気よく交渉してきた。

しかし、父親が首を縦に振 ることはなく、やむなくケースは、ケース・コンファレンスに持ち込ま れた。ケース・コンファレンスとは、法廷での裁判の前に、判事が ケースを吟味し意見を述べる場である。 以下は千夏さんのケー スを担当した判事の見解だ。

子どもにとって、母親の文化(=子どものもうひとつの文化)に 触れる機会を持つことや、日本の祖父母と交わることはたいへ ん大切なことである。母親の言動にカナダに戻ってこない可能 性を示すものは見受けられないことや日本がハーグ条約の締 結国であることを考慮すると、共同親権者である母親が子ども を連れて日本を訪れることを父親が許可しない正当な理由は 見当たらない。

当初、これを不服とし裁判も辞さない姿勢を見せていた父親か ら、先ごろ弁護人を通じて子どもたちの日本行きを許可する旨の 知らせが届いた。これによって、念願の子どもと過ごす日本での 夏休みが実現する。しかし、千夏さんが、元夫から「我が子と共に 祖国を訪れる許可」を獲得するためにかかった長い時間と多額の 弁護士費用、その間の精神的な負担、さらに父母の軋轢や母親 の苦しみを目の当たりにしなければならなかった子どもへの影響 は、国際離婚を取り巻く社会問題のひとつとして、多くの人に知っ てもらいたい現実だ。

フライトリスクを楯に子どものパスポートを母親から取り上げると いう行為には、日本がハーグ条約を批准していないことを理由と して、父親が法手続を講じ、弁護士、または家庭裁判所に子ども のパスポートの管理を任せるという、もっともらしい正攻法が用い られたため、日本人の母親には、成す術がなかった。

だが、2014 年の日本でのハーグ施行後は、母親が子どもと共に国外に出る ことを阻止することで、子が連れ去られる可能性を断とうする法的 措置は、効力を失うであろうと期待された。万一、母親がカナダに 戻ってこないような事態が発生したとしても、ハーグ条約によって 子の返還を求めることが可能になれば、父親はフライトリスクの主 張を取り下げざるを得なくなるだろうと思われたのだ。

だが、 親の 権利を振り回す父親によって、日本人女性とその子どもたちの自 由は侵害され続けている。そこには、 共同親権、面会交流権と いう日本人には馴染みの薄い「離婚後の親の権利」が大きく影響 している 。 夫の国に移住した日本人妻が、離婚後子と共に日本を訪れる ためには、子の父親の許可を必要とする。共同親権においては、 両親が共に子どもに関する決定権を持っているため、父親が許 可しない場合、母親は子どもを連れての里帰りをあきらめなければならない。これは、現在のカナダでは圧倒的少数派である母親 が単独親権をもっている場合でも、定期的に子どもに会い交流を 保つ権利である面会交流権が父親に与えられている限り、母親 が子どもを連れて日本を訪れる場合には、父親の承諾を得なけ ればならない。

やはりオンタリオに住む里美さん(仮名)は、そのたいへんめず らしい単独親権者であるが、週二日間の面会交流をかたくなに主 張する父親の身勝手のため、子どもの長期日本滞在が出来ない 状況が続いている。

夏休みを利用して日本の学校に体験入学を することは、カナダに住む日本人の子どもたち(重国籍を含む)に とってごく一般的だ。里美さんの元夫がこれを許可しないのは、た だのいやがらせだと里美さんは話す。里美さんも、千夏さん同様 弁護士を立て裁判の準備を進めている。

IMG_0097「ノー」と言える父親の権 利が、子どもが日本の文化に触れ、日本の祖父母らと深く交流す る権利を侵害しているもうひとつの例だ。 ところで、単独親権しか認められない日本でも、離婚後、親権を 持たない親と子が面会交流をすることは、けっして珍しいことでは ない。

「親権を持つ親が同意するのであれば、もう一方の親が定 期的に子どもに会うことは、子どもにとってよいことである」という考 え方が、昨今の日本の風潮なのだ。親権を持たない親の半数以 上が、何らかの形で子の人生に関わろうとしていることが、法務省 の資料からもうかがえる。しかし、日本における面会交流は、親権 を持たない親の「権利」ではない。

さらに、日本の単独親権の場合、母親が親権者である場合は、 母親一人の意思で、旅行も引っ越しも可能だ。一方、 一般的に 離婚後も双方の親が「親の権利」をもつカナダでは、たとえそれが どんなに理不尽な被害妄想であろうと、あるいは明らかにいやが らせの様相を呈していようと、父親は「子どもを日本へ連れて行き たい」という母親の願いを拒否することができる。

千夏さんの元夫も「弁護士のアドバイスに従っているだけだ」「た とえハーグ条約に入っても、日本の裁判所は子どもを強制返還は しないだろうと書いてある記事がある」「日本の祖父母が信頼でき ない」「万一日本で母親が事故に遭うなどした場合、子どもがカナ ダに戻って来る手だてがない」など次々に理由をこじつけ、子ども の日本行きを阻止してきた。

いいがかりとしか思えないこれらの言 い分は、ケース・コンファレンスを担当した判事の心証にも影響を 与えたにちがいない。 父親の主張は、まさに親の権利の濫用に 他ならないからだ。 千夏さんや里美さんと同じような不自由を余儀なくされている母 親は少なくない。また、子どもとの日本への里帰りの度に、父親の 嫌みや脅しに手こずっていると語る母親はさらに多い。

父親たち は、「親の権利」という自分の持つパワーを誇示できる機会を狙っ ているかのようでもある。これが、離婚体験女性の多くが、婚姻中 に経験したモラハラ(moral harassment=精神的な暴力)の延長 線上にあることは言うまでもない。

モラハラ傾向を持つ元夫が、共同親権や面会交流権を持つこと の問題点のひとつは、離婚後、元夫のいやがらせに拍車がかか ることだ。父親の権利の名の下、彼らは元妻をとことん追いつめて ゆく。「まるで、ジェイルに入れられているようだ」と、夫の国での離 婚後の生活を牢獄での生活に例えた日本人女性がいたが、千夏 さんの勇気ある行動と、ケース・コンファレンスでの裁判官の良識 ある見解は、 そんな苦しみを抱える日本女性たちにとってなによ りの朗報だ。理不尽な状況から脱するための努力と根気は報わ れるのだと示した千夏さんに喝采を送りたい。

出典:法務省http://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00100.html

(この記事は、モントリオール・ブルテン誌2015年4月号に掲載した記事を転載したものです。)

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