『サード・カルチャー・キッズ』の著者、ルース・ヴァン・リーケンとの出会い

文・ 嘉納もも

先日、懐かしい友人と久しぶりに会う機会があった。彼女との付き合いはすでに12年ほどになるが、一年間に数度、お互いに連絡を取るか取らないか、の関係だ。それでも不思議なことにメールをもらえばすぐに話が盛り上がり、議論が始まる。今回も急に彼女がトロントに来ることがわかり、私は車を飛ばして会いに行った。

Third Culture Kids彼女の名前はルース・ヴァン・リーケン。1999年に社会学者のデイヴィッド・ポロックとの共著Third Culture Kids: The Experience of Growing Up Among Worldsを出版して以来、国際移動する子どもたちや家族の経験を扱う分野においては第一人者として活躍している人である。

私がルースと出会ったのは家族と共に日本に住んでいた2003年、息子たちの通う神戸のインターナショナル・スクールに彼女が講演に来たのがきっかけだった。奇遇だったのは、そのほんの数週間前、私は自分の授業のための調べものをしていてルースの著書を知り、取り寄せて読んでいる最中だったことである。

これまで私がGroup of 8に寄せたエッセイを読んでくださっている方々はご存知のことと思うが、私は父の仕事の関係で3才から15才までを主にフランスで過ごしている。社会学者としての専門はそんな自分の体験から「国際移動する家族(特に子供)の研究」なのだが、私はルースの本をインターネットの検索で見つけるまで日本の「海外・帰国子女」と同じような体験をした子供が他の国にもいると想像してみたことがなかった。つくづく、不覚だった。考えてみれば企業の駐在員や外交官など、自分の国を離れて外国に長期滞在する人は当然、日本人だけではない。アメリカに至ってはその他にも軍人や宣教師など、大勢の人が世界中に赴いて生活しているのである。家族を帯同しているケースももちろん、多い。ルースの著書はそんな家族で育った子どもを題材にしている。

日本では「海外子女」あるいは「帰国子女」として知られている子供たちが、ルースたちによって「サード・カルチャー・キッズ(以下TCK)」という名称を与えられている。自分の(親の)国の文化でもなく、行った先の国の文化でもなく、幼少期に国際移動を繰り返して来た者だけが身につける「サード・カルチャー=第三の文化」が存在する、とルースたちは言う。TCKの特徴やTCK体験の利点や難点が詳細に描写されているのを読み、私は非常に感銘を受けた。なぜなら私も大学院でこの分野の研究を始めた頃から、当事者である子どもたちにとって外国生活および帰国体験がどのような影響を及ぼすのか、を主眼において来ていたからである。

講演会に現れたルースは話術が巧みで、参加者をどんどん引き込んでいった。宣教師の親に連れられてナイジェリアに渡り、6才から寄宿学校に送り込まれ、高校を卒業するまで何度も両親との再会や別離を経験した彼女だが、TCKをテーマに執筆したり講演をしたりするようになったのは実は40歳を超えてからだったと言う。その頃、アメリカでは意外にも彼女のような体験をした人間のことを包括的に研究する学者がおらず、宣教師や軍人を親に持つと「一般人とは違う、ちょっと変わった」子供に育つ、と認識されている程度だったそうだ。ルースは大人になってから改めて自分の幼少時代の体験を理解したいと思い、書きためたものがLetters Never Sentという手記になって出版された。それがやがてポロックと共に『サードカルチャーキッズ』を書くことにつながったわけである。

講演が終わると、私は自分の論文のコピーを手にルースに話しかけに行った。日本でもサード・カルチャー・キッズと類似の体験を持つ子どもたちがいることを伝えると、彼女は帰国子女研究が日本では確立された分野であることに大いに興味を持ち、私たちはその場で意気投合したのだった。その後、私はルースの主催する学会で発表をしたり、『サードカルチャー・キッズ』の改訂版に文を寄稿させてもらったり、同著の邦訳を手掛けるチャンスも与えてもらった。研究者としての私にとってルースとの出会いは大きな出来事だったと言える。

改訂版(2009年出版)

改訂版(2009年出版)

さて今回、トロントでルースと話をした中で改めて確認できたのは、TCKの存在がいかに北米では認識されにくいか、ということである。色々な民族や文化が入り混じるアメリカやカナダでは、日本よりも異文化体験をした子どもたちに対する理解があるかと思われるかも知れない。だが「帰国子女」がどういった体験を持つ子どもたちなのか、について知っている一般人の数の方が、北米で「TCK」(という名称はともかくとして、海外育ちの子ども)の特徴について知っている人の数よりはるかに多いのだ。多様主義社会であるからこそ、TCKのように親がアメリカ(カナダ)人であり、母国語の英語も不自由なく話せる場合はたとえ海外生活が長かったのだと言ってもあまり誰も気に留めてくれない。もっと深刻な適応問題を抱えている移民や外国人居住者がいる中、TCKの何がそんなに特別なのか、となるからである。

邦訳(2010年出版)

邦訳(2010年出版)

アメリカではさらに別の要素も関係しているようだ。ルースは地元(インディアナ州インディアナポリス市)でしばしば学校の先生を相手にTCK体験について講演を行っているそうだが、未だにアメリカでは人種問題(つまり白人と黒人の間の人種関係)が人々の関心を占めていて、とてもではないが海外移動を繰り返して来た子どもの文化的アイデンティティにまでは考えが及ばないのだと嘆いていた。移民の子供が出身国の文化を紹介したりするのはまだしも、小学校を卒業するまでに5カ国で生活して来た、などといった話をするような子供は「何を自慢しているのか」と蔑まれることも少なくないそうだ。そうなると、ルースはTCKが “Hidden Immigrant” (=「隠れ移民」)にならざるを得ないと言う。外見上はなんら普通のアメリカ人と異なるところがないが、内面的には「自分は周りの人間とはどこか違う」という居心地の悪さを覚えている。だがそれを口することはなかなか許されないのでストレスが生み出されることになる。

(注:これはちょうど、海外で日本人学校に通っていた子供が日本に帰国した時の状況に似ている。欧米で現地校に通っていたケースと違い、一般的に持たれている「帰国子女」のイメージに当てはまらない彼・彼女たちは自分たちの海外体験を隠す傾向がある。だが、だからと言って日本から全く出たことのない子供たちに囲まれると違和感がないわけではない。)

少しでもTCKに対する理解が深まるように、とルースはこれからも精力的に講演活動を続けるつもりであるらしい。私自身は最近、厳密にはTCKを研究対象としていないが、職場ではエスニシティ研究に携わり、ボランティア活動を通してカナダに住む日本人移住者家庭に関わっている。二つ以上の文化に囲まれて暮らす子どもたちは、私にとっていつまでも発見が尽きない、永遠のテーマである。

Ruth Van Reken のホームページ:http://blog.crossculturalkid.org/

Amazon.com のRuth Van Reken のページ:http://www.amazon.com/Ruth-E.-Van-Reken/e/B001K81N66

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