女性と子供の貧困報道に思うこと
文・モーゲンスタン陽子
カナダで暮らしていた頃、息子たちが学校でシラミをもらってきた。別にめずらしいことではない。シラミが発生したとの学校連絡が年に2、3回はくるし、そのたびにクラスごとに検査が行われ、たいていさらに数人の子供に見つかる。
該当の子供たちは1週間ほど自宅待機となる。ファミリー・ドクター(主治医)のところで専用のシャンプーを処方してもらい、1週間後に駆除が確認されたら証明書をもらって学校に復帰する。他校の知り合いでインド系移民のキャリアウーマンは、1週間も仕事を休んでいられないと言って、お嬢さんの頭を丸刈りにし、翌日普通に登校させたという。
息子たちを丸坊主にするのはさすがに気が引けたので、私は通常のプロセスをとることにした。処方箋を持って薬局に行くと、カウンターの女性は「うちの孫もやったわよ。野球クラブの共用ヘルメットでもらったみたい」と言った。
駆除は家族全員がやらなければならない。専用シャンプーは非常に油分の多い液体で、洗髪後の髪はツンツンと固まって、濡れたカワウソの親子のような風貌で数日を過ごすことになる。成虫はこれで退治できるが、卵は手作業で取り除かなければならない。専用の櫛がついているのだが、目が粗いので手で取ったほうが早い。指の腹を毛髪にそってツーとすべらせ、するりとほこりのように取れるのは抜け殻、指が引っかかって動かないのが孵化前の卵。これを1つ1つ、取り除いていく。
あとは、ひたすら洗濯。寝具やタオルは言うに及ばず、服からぬいぐるみから、頭部に触れる可能性のあるものはすべて洗うように指示される。2日目の午後には洗濯疲れで放心状態になりながら、車のヘッドレストを消毒し、スーパーの白いビニール袋で覆った。だが、いくら家や車をきれいにしても、電車や映画館の座席はどうだろう。スポーツ施設のマットは?
そう考えるとシラミも結局、風邪や感染症と同じように、社会生活を営む以上、伴う問題の1つにすぎないのだろう。現在暮らすドイツでも事情は同じ。学校の説明会で先生たちが言っていたように、「1日3回洗髪しようが、もらうときはもらう」ものなのだ。
そして、なぜ私が新年早々シラミについて熱く語っているかというと、最近、日本でよく見かける女性や子供の貧困に関する記事の中で、ひっかかるものがあったからだ。それは、貧困で苦しむ家庭の子供たちが施設でシラミを駆除してもらい、「これでやっと学校でいじめられなくなるね」と言ってよろこんだ、という内容だった。
なぜこの記事がひっかかるのか、考えてみた。
女性と子供の貧困問題が、お涙頂戴のエンターテインメントになっていやしまいか。
シラミに限って言うなら、もしこの子たちが本当に移されていたなら、ほかにも移されている子供はいるだろうし、その重大な責任は衛生管理を怠った学校にある。いじめを許すのも同様。家庭の貧困がシラミ感染の直接の原因とは言えない。それなのに、こんな書き方ではまるで戦後の典型的な貧乏物語の焼き直しのようだ。
貧困生活の個々のエピソードにスポットライトを当てるのは、ジャーナリズムで言う「アウェアネス(社会の認識)を高める」という意味では効果があるだろう。今までおもに親、とくに母親のしつけという観点からしか語られることのなかった子供の素行が、その背景にある貧困からも議論されるようになったのも良いと思う(経済協力開発機構の2015年ベター・ライフ・インデックスによると、日本の子どもの貧困率は15.7%で、加盟36か国の平均13.7%を上回る)。
だが、貧困の状態というのは、想像力を働かせればある程度予想のつくものだ。だから、所持金何百円だの、何日間水と雑草だけで過ごしただの、風俗に行き着いただのを際限なく並べ立てるのはもうそろそろやめにしてほしい。それによって、本当に議論しなければならない問題がかすんでしまっているように思われるからだ。
たとえば、女性の貧困の大きな原因に挙げられるのが離婚だといわれる。同じシングルマザーとして言わせてもらうと、結婚状態になければ女性には生活能力がないと言われているようでやや心外だが、事実は事実だろう。ならば、離婚がなぜ女性の貧困の原因になるのかを究明しなければならない。
欧米の多くの国では、離婚は基本的に裁判所を通さなければならない。民事とはいえ、原告や被告という言葉を聞くのは気持ちのいいものではないし、弁護士費用もかさむ。正直、日本の制度がうらやましく思われるときもあるが、やはり避けては通れないことだと思う。日本のように、ハンコ1つで簡単に離婚できるというのは、おかしいのではないか。養育費未払いを指摘する報道もあるが、ならばそれを避けるためにも、法制度を整えるべきではないか。※ ちなみに、厚生労働省の「離婚に関する統計」によると、最近やや下がったものの、過去50年間の日本の協議離婚数は全件数の90パーセント前後を占め続けている。
男女間の所得格差はどうか。2011年の厚生労働省の全国母子世帯等調査によると、母子家庭の平均年収は223万円、父子家庭では380万円で、その差150万以上だ。この数字は、世界経済フォーラム(WEF)の2015年ジェンダー・ギャップ指数で、調査対象145カ国のうち101位という、日本の惨状を如実に物語っているのではないだろうか。
まだまだ注目が集まり始めたばかりの女性の貧困問題。一過性の貧乏百物語で終わらせてしまわないためにも、今年はさらに建設的な議論が深まることを期待したい。
※2012年4月から、離婚届に養育費と面会交流の取決めの有無のチェック欄が設けられるなどの進展はあるようである。