カナダ横断の旅とそのお供:その3

文 ・ ケートリン・グリフィス

引き続き学生時代に友人とカナダを横断したときに選んだ本の紹介をしたいと思う。

5月の頭にオンタリオ州を出発し、西へ向かった私たちがロッキー山脈に到着したころにはもう5月下旬であった。

まず我々が拠点としたのはカナダ最大の国立公園として有名なジャスパー。野生の動物が道路や人を気にせず日向ぼっこ(らしきことを)し、通り過ぎていく車を眺めていたのには目を見張った。ここジャスパーナショナルパークでテントを張り、数日間過ごす準備をした。「熊注意」の看板が並ぶ横では鹿がマイペースで歩いていたり、カリブーの群れが前を駈けぬけたりと、今までに経験したことのない風景と驚きの連続であった。運よく熊には遭遇しなかったが・・・。

IMG_20160114_112451ジャスパーでの数日間は山を登ったり滝や洞窟を探検したりと、ロッキー山脈ならではの自然を堪能した。気が付けば横でお昼寝している(ようにみえる)鹿や山やぎに驚くこともなくなっていた。このころまだジャスパーにはホテルが少なく、観光客の多くは私たちのようなキャンプ派が占めていた。今ではホテルも多く立ち並んでいると聞く。動物たちがまだのんびりと暮らしていることを願う。

ジャスパーに気持ちを残しながらBC(ブリティッシュ・コロンビア)州へ入った。私はバンクーバー生まれなので、BC州には愛着と楽しい思い出がたくさんある。友人に子供時代にどこでどんな遊びをしたとか、どの散歩道が好きだったとか、どのパン屋さんが美味しかったとか、自慢げに説明しながらその頃の思い出に浸った。

そんな素敵なBC州だが、人種差別による暗い歴史もある。例えば第二次世界大戦中の日本人へ対する強い差別意識。カナダ生まれの日系人や第一次世界戦争でカナダ兵として戦った日系兵ですら、BC州から追い出だそうとする運動。「日本の血を引く者」の財産をすべて没収し、住まいや仕事も奪い、強制労働および強制収容所送りを実現にしようと先頭を切って運動を起こしたのはBC州であった。(参考までに:カナダ政府がこの人種差別行為を正式に謝罪をしたのは1988年である)

IMG_20160114_112831カナダに住む人間として読まないといけない本がある。強制収容所生活を実際に体験した作者ジョイ・コガワの「Obasan」(邦題「失われた祖国」)だ。自伝的小説といわれているこの作品は5歳の少女・ナオミからの視点で40年代にBC州で暮らしていた日系人たちの様子を描いている。ナオミは理由もわからないまま今まで友達と思っていた人たちから嫌われ、他人から罵られ、住んでいた家からも追い出され、収容所で暮らすことになる。苛酷で悲惨でそして現実に起きたこの歴史をカナダ政府やBC州の人々は無かったかのように扱う「沈黙」を戦後何十年と続けていた。この作品はその沈黙を破り、マイノリティーへの差別が深刻であること、無責任な偏見によって人種差別がおき、想像を絶する態度につながっていく人間性を象徴している。日系人が戦争中にうけた人種差別を子供目線で浮きぼりにすることで、かえって胸に突き刺さる重みのある小説である。

この作品がカナダ政府の日系人に謝罪をするに赴いた一つのきっかけとなったとも言われている。

その後、続編という形で「Itsuka」も出版されている。また子供のための本として「Naomi’s Tree」や「Naomi’s Road」もある。

IMG_20160114_112941大自然あふれるロッキー山脈を堪能するため、人間の都合だけで作られた横断自動車道。実はその道路(すべてではないが)を敷設したのは家や職を奪われ強制労働をさせられた日系人たちである。山やぎが軽々とそびえる急斜面を駆け上がる姿を車から眺めながら、私たちはまたしても「人間ってなんだろうね」と結局納得いく言葉が見つからないままロッキー山脈を後にした。そして旅の折り返し地点についた。

今度はオンタリオ州を目指して、アメリカのハイウェイを使ってもどった。行きはゆっくりだったが、帰りは観光はそこそこにして本を読むこともなく5日ほどで帰った。

いろんな意味で有意義な最高の旅であった。

そのうち東へも行こうね、と言っているがなかなか実行できていない。でも、一緒に旅した友人の娘と私の娘が「高校を卒業したらお母さんたちがしたように私たちも横断しようね」と計画を立てているようでうれしい。その旅が実現したとすれば、旅のお供として彼女たちはどんな本をを選ぶだろう。

ロッキー山脈の自然や歴史についてもっと詳しく読んでみたい方は、”Handbook of the Canadian Rockies” 作者Ben Gaddをお勧めしたい。

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