「国際トラベルの隠れた弊害に気づく」の巻

文・嘉納もも・ポドルスキー

2004年に「サードカルチャー・キッズ」や「国際移動を繰り返す家族」をテーマとした学会(FIGT – Families In Global Transition)に出席したところ、基調講演で面白いことを耳にした。

講師はダンカン・ウェストウッド氏、心理学者。仕事のために家族とともにアメリカや台湾などに駐在し、現在はトロントの病院で海外駐在員やその家族の心のケアを専門としたクリニックを開いている。その彼自身の体験談で、国際移動をする際に体は確かにA地点からB地点へと動いているのだけれど、頭や心はついて行けずに、AとBの間を彷徨っている、という内容のものだった。

長年住んだ台湾からトロントに引っ越したのは彼の選択だったにも関わらず、予想以上に執着や未練があったのだろう。新生活が始まってずいぶんと経っても何かおかしい、どうにも居心地が悪い、と感じている自分に驚いた。「物理的な移動」と「心理的な移動」は違うのだ、と気が付いて初めて解決の糸口が見つかったと彼は言った。(なおダンカン氏の講演を聴いてから10年余りが経つので、以上は私の記憶に頼った解釈であることをお断りしておく。)

ダンカン氏は体の移動について行けずにいる脳や心の状態を「in limbo」*と称したが、こういった感覚はもっと短い間隔の移動にも当てはまるのではないかと私はここ数年で気がついた。

(*宙ぶらりんで、行く当てを失って彷徨っている、といった様)

IMG_76262011年の5月に神戸の母が大病と診断された。私はすぐにトロントからかけつけ、それから翌年の2月までに計5回、トロントと大阪を往復することになった。日本での滞在は1週間のこともあれば、1カ月半以上に及ぶ時もあった。逆にトロントにいる期間は短い時で2週間、長い時でも1カ月だった。

幸い母の病状も安定して、大きなヤマを越えたと思った2012年の春、私は奇妙なことに気が付いた。仕事やプライベートでも、メールを送ろうとキーボードを叩いていてふと文章を読み返すと、びっくりするほど多くのタイプミスをしているのだ。注意が散漫になっているのだろうか、と次は少し気を付けてメールを打つのだが、それでも単語が抜けていたり、考えられないような変換ミスがいくつも残っていた。恐ろしくなって送信する前に声に出して読み、確認するようになった。

それだけではない。

私は自分でも記憶力に自信があったのだが、突然、本当に突然、物忘れがひどくなったのだ。

電話番号を人から聞いて、メモを取ろうとする間に忘れる。
手帳に書いた日にちを次のページに書き写すだけなのに何度もページをめくってしまう。
レシピ本を見て、分量を量ろうと調味料を取りに行く間に「大匙何杯だったっけ」となる。
人の顔と名前を一致させるのは昔から苦手だったものの、ミーティングの最初に自己紹介をしてもらったのに、ほんの10分後にさえにその人に話しかける時にはすでに思い出せないようになっていた。

この物忘れのひどさにはさすがにおののいて、ブログを開設することにした。考えていることをなるべく文字にして残しておかないと、私はもしかしたら近々ボケて、全てを忘れてしまうのではないかと思ったのだ。(当時の記事を読み返してみると「記憶障害」などを扱ったニュースについてやたらと書いてあった。)

年齢からすると更年期障害だとか、母の看病のストレスの表れだとか、確かに周りから言われて納得する点もあった。現に同窓会などに出席すると、同じような悩みをいまや笑い話として吹き飛ばす友達が大勢いて、かなり救われた。

だが今となっては一番の要因は、度重なる国際移動ではなかったかと思うのである。

トロントー伊丹間の飛行時間は合せて16時間、乗り継ぎや空港への往復を入れると片道20時間以上の行程にはなるが、単に時間がかかる、というだけではない。

また、完全に克服するには4日か5日ほどかかるが、いわゆる「時差」のせいだけでもない。

それよりも朝、ベッドで目を開けて「ここってどこだっけ?」と戸惑う、あの異様な感覚。私はトロントと神戸を頻繁に行き来している頃、それを眠りから覚めた時だけではなく日中も感じるようになっていた。明らかに自分は日本の実家のリビングにいるのに、カナダの家に置いて来た愛犬を目で探してしまったり、あるいはカナダの自宅の台所にいるのに電話の形が母の家のものと違うことに狼狽えたり。

そのような不安が募ると、思考や気持ちの混乱にもつながってくる。「昨日いた場所」から移動して「今日いる場所」、この二つの環境や人間関係があまりにも違い過ぎると、両方が同時に存在するはずがない、と思えて来ることがある。そしてやたらすっきりと昨日いた場所のことは忘れて割り切れる場合もあれば、今日いる場所に現実感を覚えられず、全く心ここにあらず、という状態に陥る場合もある。

要するに、「体」に頭や心が付いて行けなくなるのだ。

最初こそはほんの少しの遅れを取りながらも一生懸命、体と一緒に移動しているのだけれど、やっと追いついたと思ったらまた元の場所に引き返し、それを繰り返している間に頭と心は「もう無理」と匙を投げてしまうのだろうか。私の場合も体の移動がおさまるまで、脳と心は太平洋の真ん中辺りを彷徨って「in limbo」となっていたようだ。

おかげさまで母は診断から5年経った今も健在で、私はときたま顔を見に帰るだけでよくなった。するとスペルミスや物忘れもかなり改善されてきて、加齢による不可逆的な脳の劣化ではなかったのか、とかすかな希望が湧いて来る。

いや、若い間はもしかすると激しい国際トラベルにも負けず、体と脳と心はいつも一緒に移動できるのかも知れない。だから私の経験した「彷徨い」はやはり年を取ったせいだと言えるのかも知れない。

となると、正解は得られないままではいるが、私と同年代で未だに海外出張の多い方々は、こんな例もあることを心に留めておかれるのが賢明かと思われる。

慣れているから、と言っても、やはり体の移動スピードほどに、脳や心は敏速に動けなくなって来る。着いた先で余裕のあるスケジュールを組んでいたから、帰ってから十分にリフレッシュしたから、という身体的な休息だけではなく、なるべく国際トラベルの間隔をあけ、思考や気持ちがしっかりと自分の中で落ち着くまで待つのが良い気がする。

一度、このテーマについて国際線の乗組員たちの経験談も聞いてみたら面白いだろうか。

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