日本人女性に警鐘①~住居の賃貸
文・広瀬直子
ワーキングホリデーや留学でカナダにやってくる日本人の若者の誰もが最初は、英語をしっかりと身につけて、それを糧に国際的で豊かな人生を送りたいと、胸を膨らませていることだろう。
そんな理想を実現する人もいる一方で「日本人、特に女性が陥りがちな穴があるので、ぜひとも気をつけてほしい」とトロントにあるジャパニーズ・ソーシャル・サービス(JSS)のカウンセラー、公家(くげ)孝典さん(41歳)は警笛を鳴らす。これまでにカナダ生活でトラブルに見舞われた日本人の数々に対応してきた心理療法士だ。
JSSは日系人・日本人を対象にした慈善団体で、トラブルに遭った日本人のためのカウンセリングは主な事業のひとつだ。2015年の相談者数は約650人だったが、その90%以上が日本語でのカウンセリングであり、70%以上が女性だった。公家氏によると中には自殺未遂者のカウンセリングなど「大げさでもなんでもなく命に関わるケース」も含まれている。
この記事のシリーズでは、公家氏に話を聞きながら、日本人女性がターゲットにされやすい犯罪―軽犯罪から深刻な性暴行まで―を取り上げていきたい。

住居を借りる時は必ず契約を結び、お金を払うときはレシートを受け取って
今回は住居の賃貸で被害に遭うケースを取り上げる。
多いのは、入居時に取られたセキュリティーデポジット(日本の“敷金”的なもの)を、退居時に返してもらえず、交渉するだけの語学力がなかったり、交渉が難航したまま日本に帰る日が来て、泣き寝入りしてしまうケースだ。その対処法として「賃貸契約を必ず結ぶこと」と公家氏。実はオンタリオ州では、「Residential Tenancy Act (RTA)=住宅賃貸法」が適用される賃貸物件において、大家はセキュリティーデポジットを取ることは禁止されており、「取っていいのは最初と最後の月の賃貸料だけであることを覚えていてほしい」と同氏は言う。つまりセキュリティーデポジットを取ろうとする大家はすでにその時点で怪しいということだ。
また、お金を払うときは必ずレシートをもらうことも重要だ。家賃収入を税務署に申告していない大家の多くは、家賃を現金のみでしか受け付けず、レシートも発行しないことが多い。
特に気を付けてほしい点はまだある。退居する2カ月前に大家に「退居通知」(Notice of end of tenancy)を出すことだ。
大家は「1カ月前に通知してくれればいいよ」と口約束または書面で告げる場合がある。しかし、RTAはテナントが退居2カ月前に大家に通知することを規定しており、法律的な争いになった場合、裁判官は「RTAにはどう規定されているか?」を最も重要な基準にするのだ。
RTAが適用される物件での大家とのトラブルはLandlord and Tenant Board(LTB)(賃貸に絡んだ問題を専門に扱う簡易裁判所)で解決を図ることができるが、例えば、退居時に返すことを約束されていたセキュリティーデポジットを大家が渡さず、その返金を求めてこの簡易裁判所に訴えたとしても、大家が「テナントは退居の2カ月前に通知をしてきていない」ということを持ち出せば、「大家に違法に取られたセキュリティーデポジット」と「大家が合法的に請求できる2カ月前に退居通知がされていないことで生じる損失分」で相殺されてしまう可能性が高くなる。
また、賃貸物件でも、大家とトイレ、バスルーム、キッチンを共有する物件にはRTAは適用されないのでこれにも注意が必要だ。
しかし、それだけであれば痛いのは痛いが、数百ドルの損失ですむ。最悪の場合、女性が深い心の傷を負ってしまうケースもある。大家によるセクハラケースだ。これは特に珍しいケースではなく、JSSには毎年少なくとも4~5件は報告されている。大家が男性で同じ家に住み、なぜか日本人の女性を中心に部屋を貸しているようなところは要注意だ。
また、留学エージェンシーに有料で斡旋してもらったホームステイ先でセクハラ、暴力に遭う女性も時々いて、「一体、どんなアセスメントをしてホームステイ候補を選定しているのか?」と公家氏は首をかしげる。ひどいエージェンシーになると、有料で斡旋したホームステイ先でセクハラがあったことが表面化するのを避けるために、被害者が警察に通報しないように説き伏せたり、さらには「被害に遭ったことを口外しない」という書類を作り被害者に署名を求めることさえあるという。
「特に今は貸し手市場。空いている部屋に簡単に飛びつかずに、とりあえず気をつけて、事前に情報をたくさん収集してください。そしてもし、上記のような被害にあった方、あるいは被害者のお友達でもかまわないので、ぜひともJSSまでご連絡ください」と公家氏。JSSは被害に遭った人が進みたい方向がわかっている場合には、その方向に沿ったサポートを提供し、どうしていいかわからない場合には、カナダとオンタリオ州での事情や状況をできるだけわかりやすく説明したうえで、今後の対応を一緒に考えていくというアプローチを取る。
公家氏は男性のカウンセラーであるが、JSSには女性カウンセラーの三船純子氏もいて、被害について男性には話しにくいという人も安心して相談できる体制を取っている。
日本人女性は世界でも人気があると言われる一方で、海外の滞在先や勤務先でセクハラのターゲットにされた話を聞くことは筆者も決して珍しくなく、同じ日本人女性としてとても腹立たしい。もちろん、他人の恋愛に口出ししようとは思わない。ただ、男性に嫌なのに性的な行為を取られることは ― 軽度なものから重度なものまで ― 一生の傷になり得る。そしてもちろん、女性が嫌がっているのに、いやらしい言葉を使うことも含め、性的嫌がらせがあったならその責任が加害者の男にあり処罰の対象となり得る。
誘われる時に、本当にその人のことを信頼しているのか、好きなのかを今一度考えてほしい。身が安全なら、嫌なら嫌と毅然と対応することが重要だ。それでも被害に遭ってしまったならJSSなどの機関から該当法律などの知識を得て行動し、「日本人女性はカモになりやすい」という不愉快なウワサに挑戦してほしいと心から願う。
(注)加害者が男性で被害者が女性とは限りませんが、一番多いケースであるため、この記事ではその状況に焦点を当てました。