追悼:ウォーターハウス教授
文・ケートリン・グリフィス

Prof. David Waterhouse receiving the Order of the Rising Sun from Consul-General of Japan Yasunori Nakayama. Photo from The Globe and Mail.
先月、トロント大学名誉教授、デイビッド・ボイヤー・ウォーターハウス先生が81才で逝去されました。謹んでご冥福をお祈り申しあげます。
今年の6月には、カナダにおける日本研究の発展及び日本文化の普及に寄与した功績により、日本領事から外国人叙勲にて旭日中綬章を受章され、そのパーティーが行われたばかりだった。先生の功績はこの受賞が語るように大きなものであった。
トロント大学で先生に影響を受けた学徒の一人として、この場をお借りして回想文を書かせていただきたいと思う。
25年前になるが、トロント大学1年生で学部も専攻分野も曖昧なまま大学生活を送っていた私は2年生に進級の折、どの講義を受けようか悩んでいた。そのころ、ある先輩から「凄いコース!」があることを知らされた。それがウォーターハウス教授の柔道クラスだった。
その時の先輩のアドバイスは未だに覚えている。と言うのも、柔道や武道に憧れはあったものの運動神経が未発達な私は、スポーツ的なものを極力遠ざけていたからだ。「そんな私でもこの柔道クラスで単位がとれるでしょうか?」と、質問する私に先輩は、「すごくいい先生なの。一見怖そうだし、さぼったりしたら叱られるけど、運動能力より努力している姿を評価してくれる先生なの。うまくできなくても真剣に立ち向かえば大丈夫。」と答えた。
その先輩のアドバイスはさらに続いた。「この柔道クラスはすごく人気があるから、まずウォーターハウス教授が所属している東アジア学部を専攻としたほうがいいわね。そして前期(柔道は後期のクラスであった)に先生の他の講義を取ったほうが入れる可能性も大きくなるよ。」 この時のやり取りを鮮明に覚えているのは、ある意味「こんな単純な理由」で私が東アジア学部を専攻するようになったからだ。
9月、新学期になり、「噂」のウォーターハウス教授に初めてお目にかかった時のこともよく覚えている。教室に入ってきた先生は、映画やテレビで抱いていた「秀才大学教授」のイメージそのものだった。背が高く、スマートな着こなしで、貫禄があふれているにもかかわらず親近感を自然と抱いてしまう、そのような先生であった。講義は刺激的で、ヨークシャー・アクセントで日本文化について語り、画像もたくさん用意してくださっていた。(当時はパワーポイントなど無く、画像が伴う講義は珍しく貴重な時代だった。)正直「言っていることが難しすぎて解らない!」ということもあったが、先生の日本文化への熱意は学生の私たちに自然と伝染し、「日本にはこれほどまでに深い、興味をそそられるものがあったのか」と感銘を受け、その後の私の進路に大きな影響を与えたことは紛れもない。
「一見怖そう」と先輩が指摘していた通り、何故か講義のあいだ学生はみんな背筋を伸ばして聞かなければならないといった、フォーマルで不思議な空気感があった。
それでも日々の講義が進んでいくうち、笑っている教授の印象が次第に強くなり、気が付けば「怖い」イメージは吹き飛んでいた。(ただありがたいことに、背筋を伸ばした姿勢の良さは今もって継続している。)
また、恐れを知らないというか、教授の講義を一緒に受けていた友達と「教授は“スタートレック”のパトリック・スチュワードに似てるね」と言っては勝手に盛り上がり、授業をエンジョイしていたのも良い思い出だ。
一年間が終わり、教授は柔道クラスの私たち全員(院生の学生も含めて)を自宅に招待してくださった。トロント大学生活の一番の思い出がこの教授の柔道クラスと自宅での数時間だったかもしれない。教授の家は想像以上に素敵で本のコレクションなどを見せてくださったのだが、「本の美術館ではないか!」と感動していたら、今度は奥様(版画家の松原直子先生)のアート・スタジオも案内してくださり、これもまた、「まさにアート・ギャラリー!」と、感動の連続だった。その後もみんなで持ち寄ったご馳走を食べながら、楽しい会話が飛び交っていた。
その日、私が何の料理を持参したかは忘れたが、友達はケーキを焼くと決めていたのでその手伝いをした。そして失礼をわきまえず(と言うより考えずに)私たちは「せっかくだから教授から笑いを取ろう」と思い立ち、パトリック・スチュワードの人形を買い、それに柔道着を羽織らせケーキの上にのせた。大いにウケてくださったのがとても嬉しかった。
その後スケジュールの都合などで残念ながら教授の講義を受ける機会はなかった。会う機会も学部のイベントや、偶然廊下や図書館ですれ違うぐらいになってしまった。
しかし数年会わない時期が続いても、学内などでばったり会って挨拶をすると「ケートリンさん、元気か。今何を頑張っているのかね?」といつでも名前を覚えてくださっていた。去年私の本が出版されたときには、先生からメールでお祝いのメッセージが届いた。さらに今年の5月のトロント国際交流基金での講演会にも奥様とご一緒にご出席してくださった。
2講義取っただけで、アカデミックな縁は薄かったにもかかわらず、私にとって暖かくて有難い恩師であった。
教授の功績は出版や美術館での展示などで日本文化を英語圏に広めただけでなく、何十年間も続けてこられた毎週の講義で何百人もの学生に日本文化を教え、ポジティブな影響をあたえてくださったことにあると思う。真剣に取り組む学生を評価してくださった教授もまた、いつも真剣に学生と向き合ってくださっていた。幸運にも私もその一人である。
ご冥福をお祈りいたします。
グローブアンドメールでの追悼記事:https://www.theglobeandmail.com/news/world/scholar-david-waterhouse-had-a-passion-for-japanese-culture/article37188177/
平成29年春の外国人叙勲伝達式の記事http://www.toronto.ca.emb-japan.go.jp/itpr_ja/c_000024.html