カナダに住む、中東やインド出身の人と話すということ

文・広瀬直子

download

最近トロントで、ウーバーのタクシーサービスを同じ日に二度使った。最初の運転手は50代のパレスチナ出身のアラブ系の人、次の運転手は60代のアフガニスタン出身の人だった。この日の乗車が印象に残ったのは、ふたりが紛争の止まない複雑な国の出身で、世界情勢を良く知っていて、日本のことを称賛していたからだ。

トロントで生活していると、戦争、貧困、権力による抑圧などの理由で母国から亡命したり、移住してきたという人と出会うことがけっこうある。例えばカナダはここ2,3年でシリアから5万人以上(2015年10月から2018年2月の間の数字で、現在も継続している)の難民を受け入れている。そして彼らは政府による英・仏語学習や職業訓練などのサポートを受けた後はもちろん、普通のカナダ人とともにカナダで生活しているので、私が市井で会うこともある。(上記の運転手が難民なのか移民なのかまでは聞かなかった)

カナダで出会う人の英語になまりがあると、私は「どちらのご出身ですか?」とどうしても聞きたくなってしまう。その人たちのライフストーリーは往々にしてとても興味深いからだ。そして多くの場合彼らは私に「中国人ですか?」と訊き、私は「いえ、日本人です」と答える。

この後、「OK」とだけ相手が言って沈黙になることもあるが、「へー!」と感嘆する人もかなりいる。トロントの日系人・日本人は、中国人や韓国人より珍しいからだ。私の今までの経験では、中東、インド、パキスタン、バングラデシュ、ネパールの人に「Japan」に反応する人が多い気がする。

これは私が20年を超えるトロント生活で経験してきた彼らの反応の一部。

まずはネガティブなものを。

「日本人の女性はいい妻になる」(街の屋台でホットドッグを売っていたイラン出身の若い男性)。これはセクハラなので腹が立った。しかし、20年近く前の話。今はどこ出身の人でもこんなことを言う人はいなくなった。(または、私がおばさんになったから?)

こちらは、日本のことを知らない人がよく言いがちなコメント。

「日本って物価が安いんだよね?」(理学療法院アシスタントのインド人のお姉さん)。へー最近のデフレのことも知ってるんだと一瞬尊敬したが、ちょっと話を聞いていると、中国と日本を混同しているらしいことがわかった。

「日本は物価が高いよね」。(多くの人)円高日本のイメージがこびりついているらしく、昨今の日本のデフレーションを知らないらしい。「いや、最近はトロントで生活する方がお金がかかりますよ」と教える。

褒め言葉で最も多いのはこれ。

「日本の車が大好き。この車だってトヨタ(その他日本のメーカー)だし。修理に出さなくていいよねえ」。これは男性のほとんどが言う。

以下は絶賛例。

「日本のカルチャーはもうネパール人の憧れの的!」(ネパール人の美容部員)

「日本人の専門家がアフガニスタンに来て、インフラや開発事業を手伝ってくれている。本当にいい国だよ」(冒頭のアフガニスタン人の運転手)。日本のODA(海外開発援助活動)のことだろう。良かった。

「戦争でアメリカにコテンパンにやられたのに、あんな先進国になって。世界の模範だね」(冒頭のパレスチナ人の運転手)。私は「日本人は働き過ぎなんですよ」などと答えたりしながら、親の世代、祖父母の世代に思いを巡らし感謝する。病気になったら治してもらい、教育をたくさん受け、一度も飢えず、安全に帰れる家があり、住む場所もかなり自由で、自分の尊厳を損なうような仕事をしないでここまで来られたのは、彼らが豊かな社会を築いてくれたおかげだ、と。そして同じような環境を提供してくれているカナダにも感謝する。

こんな話をしながら私はよく思う。カナダはさらに、あなたと私がこんな風に話せる場所を提供してくれている。それはとても大切なことだ、と。

そしてこんなことも思う。彼らの中に実際に日本に行ったことのある人はまずいない。人間不信になりそうな惨事が間近に起きてきたであろう彼らも、人類にどこかで希望を持ちたくて、「日本」という理想郷のイメージを作り上げているのかな、と。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。