スポーツ推薦は本当に日本の若者を育てているか

文・鈴木典子

 スポーツ推薦は本当に日本の若者を育てているか

日本の学生アスリートがより高度なスポーツの道に進むために進学するとき、「スポーツ推薦」という制度がある。私立中学で制度を持つ学校もあるが、最も多く利用されているのは大学進学時だ。

2018年に岩手県立高校3年の男子バレーボール部員が自死した事件について、調査委員会は2019年7月に顧問の言動が一因であると結論付けた。更にその報告では、同部員がスポーツ推薦による大学進学の話が進んでいることに苦悩していたと指摘された。続く8月、教育出版社旺文社は、全国776の国公私立大学に実施したスポーツ推薦についてのアンケート調査の報告書を発行した。

これらの動きを受けて、朝日新聞社は野球、サッカー等6つのスポーツの2019年度の全国大会でベスト16以上の成績を残した87校にアンケートを実施し、76校から回答を得た。同社は9月下旬に、スポーツ面で上記のアンケートを分析する記事のほか、編集委員らが「スポーツ推薦を考える」という3日間の特集を掲載した。(注)

大学のスポーツ推薦制度は、学生にとっては、学費や寮費の免除が無ければスポーツも学問も続けられない選手に機会を与える。または、より環境の整った大学でスポーツを続けることで選手の能力を伸ばすことを可能にする、素晴らしい制度である。

大学にとっても、運動部を強化し、好成績を通じて大学の知名度や運動部の評価を高めることができる。

推薦する高校にとっても、メリットがある。評価の高い大学運動部に推薦できる選手がいるということで高校運動部の評価が高まる。成績では入学させられない名門大学等への進学実績が上がる。強豪運動部のある大学とのネットワークが強まれば自分の高校の運動部のからの進出枠が確保でき、高校の大学進学実績を高められるなどである。

Photo by Tony Bustamante on Unsplash

一方で、今回の報告書やアンケートの結果から、スポーツ推薦制度が持ついくつかの大きな欠点も見えてきた。

最も多いのは、高校の監督が生徒の希望、実力や進学後能力を伸ばせるかという最も大事な点を考慮せずに、自分の出身校やOBの多い大学などという、自分のネットワークや評価を高めるために推薦を行うことだ。実績をあげるためだけに、優秀な選手と「抱き合わせ」で、希望しない選手や能力の及ばない選手を送り込むこともあるらしい。「〇〇大学に入れてやる」という「餌」で高校、選手や選手の保護者を自分の思い通りに動かすことも起こる。最悪は推薦で免除された学費の一部を礼金として受け取る…。

高校も大学も、選手のことではなく学校の都合を優先してしまうことがある。選手が希望する学部・学校ではなく、運動部活動が続けやすい学部に進学させる、大学に進学・在学するのにふさわしい学力をつけさせずにスポーツだけをさせる、など。

このような制度の濫用の被害者は選手本人だ。高校、監督、保護者、大学などの様々な方向からのプレッシャーを受けて、指導してもらいたい監督がいる、やってみたい勉強ができるなどの本当に自分がやりたいことを主張することができない。それどころか、スポーツを止める・続けるという決断さえも、自分の意志ですることができないことがあるのだ。

私の記事は、青少年のスポーツに係る事柄の日本と北米の違いを取り上げることが多い。今回のスポーツ推薦制度もそれに伴う欠点も、もちろん全世界に共通することだ。ただ、大きな違いがあるとしたら、日本よりも北米の方が選択肢が多いことと、多くの大学・高校が、選手に学業での成果も求めていることだと思う。

北米では多くのメジャーなスポーツは、高校・大学の運動部だけでなく地元のクラブがあるため、進学とスポーツは切り離して考えることができる(米国の場合は、ジュニアカレッジという、スポーツや芸術などの専門分野の能力を上げることを主な目的とする、日本の短大のような学校があることも選択肢を増やしている)。

大学の運動部への推薦は、高校の運動部からだけでなく、クラブからも受け付ける。大学が主催するトライアウト(入団テスト)を受けて推薦を勝ち取ることも可能だ。推薦の特典としての奨学金や学費免除についても、成績や地域貢献などによる奨学金が多数ある。大学としても成績での奨学金や学費減額をとれる学生には、かける経費が少なくて済むため、成績の悪い学生より歓迎するのは当然だ。

そもそも高校・大学の進級・入学の際に基準になるのは、一度の試験ではなく学期・学年を通しての成績であり、学業と運動部を両立していないと良い大学には入れないし、進学もできない。ちゃんとした学校であれば、スポーツ推薦生だからといって、部活動で休んで課題や小テストを受けられなくても免除はされず、代わりの課題などを出すなど、一般の学生と同等の勉強を続けなければならない。

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学校の成績が悪い学生は運動部活動に参加できないとしている高校・大学も多い。米加共に18歳は成人なので、大学進学は本人の意思が最も尊重されるという社会の考え方も、本人の選択を重視する後押しをしているだろう。

これらの根底には、北米では多くのスポーツが生涯趣味・楽しみとして続けられていることがあると思う。日本のようにプロになれなければ、または全国大会に出場できなければそこで終わり、燃え尽きる「部活動」とは大きく違っているのだ。そのため、北米の青少年のスポーツ選手としての日々には、将来社会人として生きていくための学問やコミュニケーション能力などを見につけることが、当然のこととして併存している。

また、社会制度として、一旦社会に出た後に大学や大学院に入り直し、必要な学問を身につけることが当たり前のことと認められていることも、一生涯「文武両道」を続けられる大きな理由だろう。日本のプロ野球選手などで引退後に大学や大学院に入りなおす人が出てきていることは、本当に喜ばしいことだ。

今回のスポーツ推薦制度をめぐる調査やアンケートの結果は、この制度を含めた日本の学校・大学における青少年スポーツの構造的・精神的・社会的課題に光を当てたといえる。

現在の日本の青少年スポーツ選手は、楽しくスポーツを続けることができず、自死にさえ追い込まれる。この状態は、単純な制度的課題ではないため、簡単に改善・解決されるものではないだろう。しかし、最も大切な選手自身がスポーツも学問も人間関係も豊かに経験した社会人として成長することができるよう、一つ一つ、少しずつでも変えていってほしい。

注:朝日デジタル スポーツ推薦を考える

https://www.asahi.com/rensai/list.html?id=1109

「大山加奈さん「子どもの選択肢潰さないで」指導者に警鐘」2020.9.28

https://www.asahi.com/articles/ASN9S4SJKN9MOIPE00H.html?iref=pc_ss_date

「慶大選んだ柳田将洋の助言「自分が決める人生がベスト」」

https://www.asahi.com/articles/ASN9S4SN5N9LOIPE031.html?iref=pc_ss_date

「スポーツ推薦で輝くラガーマン 「学問深められる」喜び」

https://www.asahi.com/articles/ASN9V6G6WN9TUTQP02W.html?iref=pc_ss_date

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