リーダーの資質とは
文・斎藤文栄
以前、このサイトでも取り上げたカナダ総督のジュリー・パイエット(Julie Payette)さんが、今年1月下旬、パワーハラスメント(パワハラ)が原因で任期途中で辞任することになった。
パイエットさんは、カナダ人で初めて国際宇宙ステーションで働いた宇宙飛行士である。十数年前になるが、日本人の若田光一さんとともにISSで撮った写真を覚えている人もいると思う。

カナダは、君主であるエリザベス女王の代理として「総督」を置く。任期は5年で、総督は国の代表として外交を行い、議会を収集し、法案に女王の裁可を与え法律にするなど国家元首としての責任を負っている。2017年の就任時、パイエットさんは、「私たちは皆、地球というスペースシップの乗組員であり、共に力を合わせれば山をも動かすことができ、地球規模の課題にも取り組むことができる」と、カナダ国民に向けて力強く演説したことは記憶に新しい。
しかし、実は就任一年目から、リド・ホール(総督の公邸のこと)における「有害な(toxic)職場環境」については問題視されていたらしい。
昨年7月に有害な職場環境の事実が大々的に報道されて以降、政府は外部機関に依頼し事実調査を開始。今回、その調査結果を受け辞任する形となった。調査では、彼女が秘書でもある友人とともに、スタッフに対し怒鳴る、罵る、叱責する等のパワハラを行ったことが明らかになった。インタビューした93人のうち約半数の43人が敵対的・否定的、あるいは有害な職場であったと答え、中には「恐怖政治」だったと語る人もいたという。2017年の就任以来、その有害な職場環境が原因で13人が病気休暇を申請し、17人が退職という途を選んだという。

パイエットさんは、「正式な苦情を受け取ったわけではないが」とした上で、「すべての人は健全な職場環境を与えられるべきだが、オフィスが必ずしもその状態にあったとは言えなかった」と、リド・ホールに緊迫した状態をもたらしたことを謝罪し、辞任した。ちなみに、総督とともに秘書である友人も辞任している。
(写真: リド・ホール) https://flic.kr/p/29nM633
1867年から続く総督の地位をパワハラが原因で去った人はいない。前例のない事件なだけに、カナダでは連日、COVID-19報道とともに大きく報道されていた。
宇宙飛行士としてどんなに輝かしい業績を持っていようとも、周囲にあたり散らし、有害な環境を作り出し、スタッフを職場にいられなくするようでは、リーダーとしては不適切である。ましては国家元首の代理としての総督としては言わずもがなであろう。
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日本にも、公職に就いている人で発言が問題となっている人がいる。
2月初旬、森喜朗元首相・現東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長が、日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会で女性理事の任用に関し挨拶の中で「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と言い登用に否定的な見解を示した。ちなみにスポーツ庁はガバナンスコードで女性理事を40%以上にする目標を掲げている。JOC理事25人中女性は5人(20%)。まだまだ女性理事を増やす必要があるのが現状だ。
釈明会見においても、反省の弁を(表面上)述べながらも、数字に拘るべきでないとして女性登用に相変わらず否定的な見解を臆面もなく示した。女性が多いと会議が長くなるということについても「そういう風に聞いている」として、あくまでも誤った認識であるとは言っていない。森氏は、東京オリパラ組織委員会会長として、オリンピック憲章にある男女平等の実現に向け努力していく責任があるにもかかわらずだ。
彼はスタッフに対し暴言を振るったわけではないが、違った意味で、女性蔑視という「有害な」環境を作り出している。その場で彼の発言をいなす評議員がいなかったことも、いかに女性蔑視の環境が見過ごされているかを証明していると言えるだろう。問題発言のあった評議員会には、63名中女性は一人しかいないという。森氏の発言を正すことができない取り巻きの人たちにも森氏の発言に対する責任を感じて欲しい。
森氏は辞めないのであれば、責任をとって、ジェンダー平等のオリンピックを目指して精一杯努力すべきだ。リーダーとしての覚悟が求められる。
<参考資料>
スポーツ庁 スポーツ団体ガバナンスコード<中央競技団体向け>令和元年6月10日
https://www.mext.go.jp/sports/content/1420887_1.pdf
オリンピック憲章(2020年版)
https://www.joc.or.jp/olympism/charter/pdf/olympiccharter2020.pdf
第1章 2 IOCの使命と役割 8 男女平等の原則を実践するため、 あらゆるレベルと組織において、 スポーツにおける女性 の地位向上を促進し支援する。
JOC定款
https://www.joc.or.jp/about/regulation/pdf/201906tekan.pdf
(目的)第3条 本会は、オリンピック憲章に基づく国内オリンピック委員会として、オリンピックの理念に則り、スポーツ等を通じ世界の平和の維持と国際的友好親善、調和のとれた人間 性の育成に寄与することを目的とする。