カナダ人は英語と仏語、どちらも話せるバイリンガルか?
文・斎藤文栄
カナダが英語・仏語、両方を公用語としていることは広く知られている。ただ、だからといってカナダ人がすべてバイリンガルかというと、そうではない。2016年の国勢調査では、カナダ全体で18%しかいないという結果が出ている。[1]
カナダで英語しか話さない人の仏語力はどのくらいか、とよく人に聞かれるのだが、普段英語で生活している人たちが学校で習っただけの仏語力は、日本人の英語力に少しプラスした位かもしれない。
もちろん、州によってはニューブランズウィック州のようにバイリンガル人口が約34%というところもあるので、住んでいるところによってかなり異なるのではないだろうか。
実は意外なことに、両語を公用語としているのはニューブランズウィック州とカナダの3つの準州(Territory)が先住民族の言語を含め英仏語が公用語となっている。他州は仏語のみのケベック州を除き、すべて英語だけが公用語である。

なぜこのようなことを気にして調べたのか、その経緯を少し説明しよう。
最近私は、西アフリカにあるコートジボワールのアビジャンという都市で暮らし始めたのだが、先日、配偶者がこちらのカナダ大使館に電話をかけたら、電話に出たカナダ人の外交官が「英語があまり上手くないので仏語でいい?」と聞いてきたそうだ。外交官なのにその言い訳はどうなの、と2人で話していたのだが、ふと思い直せば、カナダの外交官だから英語は話せて当然という思い込みが私たちになかっただろうか。
もちろん外交官であるので母語でない方の言語の試験はあるとは思うが、英語か仏語、どちらかが不得手ということは大いにあり得る。
これが例えばコートジボワールの隣にある英語が公用語であるガーナのカナダ大使館に仏語しか解さないカナダ人が電話をかけた場合、担当の外交官が仏語を話せないからといって、私たちが感じたように「カナダの外交官は当然仏語も話すべき」と思うだろうか。
言語といえば、先日、新カナダ総督であるメアリー・サイモン氏の就任に際し、仏語が話せないことが問題となった。

Mary May Simon, C.C., C.M.M., C.O.M., O.Q., C.D.,
Governor General and Commander-in-Chief of Canada
Photo credit: Sgt Johanie Maheu, Rideau Hall © OSGG-BSGG, 2021
総督についてはこのG8サイトで何度か書いているように、カナダでは君主であるエリザベス女王の代理として「総督」を置き、君主の憲法上の役割を代理するとともに、軍の責任者としても君臨する非常に重要な役割を担う。時代に合わせ、首相が適任と思われる人を任命することになっている。
今年7月に、前任のジュリー・パイエット氏がパワハラ行為で辞任して空席となっていたポストに、自らが先住民という背景を持つ、元外交官で長年先住民族の権利擁護の活動をしてきたメアリー・サイモン氏が就任した。彼女の就任は、先住民の子どもが強制的に通わせられた寄宿舎学校(Indian Residential School)の影響に関する調査が進む中、今年5月に学校跡地で何百人という子どもの遺骨が発見され大きな問題となっている最中でのこと。トルドー首相は「歴史的な一歩」と称している。
サイモン氏は就任にあたり、自身の仏語力に関し批判があることを意識し、私が教育を受けた時代には仏語学習の機会がなかったと語った上で、仏語の習得に向けた確固たる意欲をスピーチで述べた。連邦の公用語監督官(Commissioner of Official Languages of Canada)の声明は、サイモン氏の就任の歴史的意義及びマイノリティ言語の保護の重要性に理解を示しつつも、400通以上の苦情が寄せられたことを明らかにしている。[2]
公用語を尊重しつつ、同時にカナダが国として掲げる多様性、包摂性の重視という点をどうバランスととっていくのか。声明で、監督官は包摂的でありつつ公用語を尊重することは十分可能であるとするものの、方法論については言明を避けている。
その答えは、サイモン氏のこれからの活動によって、自ずから見つかってくるのかもしれない。
英語と、イヌイット語のひとつであるイヌクティクット語、そして多少たどだとしい仏語の3つの言語を駆使して行われた新総督の演説は、ときにウィットを交え、ときに先住民としての経験を織り込みながら、環境、メンタルヘルスなどさまざまな社会的課題についても触れ、本当に感動的で、新たな時代の到来を感じさせるものだった。
カナダでは、主に英語を話す人の割合は約4分の3(75.4%)、仏語は約4分の1(22,8%)である。しかし、それ以上に、サイモン氏が演説で「多くの言語がこのカナダの国を構成する一部となっている」と語ったように、家庭では21.8%、約5人に1人が英語・仏語以外の言語を話しているという現実がある。
ここまで書いたところで、G8のメンバーでありバイリンガリズムに造詣の深い嘉納もも・ポドルスキー氏から、バイリンガリズム政策は、むしろ政府の「スタンス」の公的な表明であって、歴史的に見てカナダの建国においてフランス系とアングロ系の開拓者が深く関わっていることを認識している、ということの「シンボル」であると捉えているとのコメントをいただいた。だとするならば、シンボルとしての先住民族の言語が公用語になってもいい。ただし先住民の言語は一つや二つでないところが難しいところだが・・・。
果たしてカナダのバイリンガリズムが今後、変わっていくのかいかないのか、興味深く見つめていきたい。
[1] Statistics on official languages in Canada
[2] Statement from the Commissioner of Official Languages of Canada regarding complaints received on the appointment of the new Governor General