還暦を迎えてフランス語の学習を再開する
文・嘉納もも・ポドルスキー
昨年の3月以来、家で過ごす時間が膨大に増えた。
特にWHOによるパンデミック宣言が発せられてから半年余りは、夫や息子たちに心配されるほど毎日テレビでコロナ感染に関するニュースを追った。「お母さん、ちょっとおかしいんじゃない?」と言われるのも構わず、リビングの真ん中に陣取ってひたすらテレビ画面に見入っていたのである。
その過程でふとカナダやアメリカ、そして日本以外のソースからも情報を得たいと思って、フランスのテレビ局の番組を見るようになった。
それまでもカナダで視聴できる「TV5MONDE」というフランス語専門のチャンネルで時々、古い映画を観たり、歴史のドキュメンタリーを観たりすることはあった。だがニュースやトーク番組にはあまり関心がなく、いつもスルー。それがパンデミックをきっかけに、すっかりハマってしまったのである。
過去の記事で何度か述べている様に、私は父の仕事の関係で、1960年代から70年代にかけて10年以上フランスに住んでいた。そのため、15才まで最も得意な言語と言えばフランス語だったが、日本に帰国してからは使う機会がほとんどなくなった。
私が大学生の時に兄がパリに駐在することになり、何度か訪ねて行った。そこで自分のフランス語がまだそう衰えていないことに気を良くして、大阪のフランス領事館に通訳として登録したのが1980年代半ば。だが、カナダへの留学を機に今度はどっぷりと英語中心の生活へと変わった。
それがこの度、暇に任せてフランスの討論番組(もちろん、テーマはコロナ関連)を見まくり、久しぶりに耳にするフランスの知識人の議論の巧みさ、文法の正確さ、ウイットに富んだやり取りにつくづく感心して、フランス語の魅力を再認識したのである。
また、ニュースに出て来る一般人の生活の様子をじっくりと見るのも感慨深かった。自分がかつてはフランスに住んで、当たり前のようにフランス語を駆使して生活していたのだと思うと、何とも言えない懐かしさがこみ上げてきた。
そこでようやく夏ごろから様々な行事や活動が始まり、私も長い冬眠期間から脱する気力が出て来ると、「せっかくまたこんなにフランス語に馴染んだのだから、もう一度自分のものにしたい」と思うようになった。
受動的な「聞く」・「読む」力は未だに問題がないので、要は能動的な「話す」・「書く」力を鍛え直したいということである。
このひとつ前の記事で斎藤文栄さんが言及されている様に、カナダでは英語とフランス語が公用語として制定されている。それを利用しない手はないと思った。
早速、検索してみると、オンタリオ州政府が無料でフランス語の学習課程を提供してくれているではないか。
「F@D (Formation à Distance)」 というサイトでは、オンタリオ在住のフランス語話者であれば様々なオンライン講座を受けられるようになっている。すぐに申し込みをして、連絡が来るのを待った。これが2021年9月上旬のことである。
数日後、携帯に電話があった。F@Dのスタッフの女性がフランス語で話しかけて来て、電話で登録を済ませる必要がある、と言った。手続きには「20分ほどかかるけど」と言われて少し驚いたが、考えてみれば政府側も無料でリソースを提供するからには、受講者の側に確固たる意志があるのかどうかを見極めたいと思うのは当然だろう。
それには登録の手続きにかこつけて、電話で直接スタッフが受講者と面談するのが一番確かな方法なのである。
無事に登録が済むと、次はオンラインで語学力の検定があり、私のこれからの学習プロセスを見守ってくれるインストラクターがあてがわれる。
そのインストラクターからもまた電話が掛かって来て、丁寧な説明を受けた。検定の結果を受けて、私に適した学習コースを組んだからそれに沿って一つ一つ課題をこなして行く様に、と。なかなか手厚い対応である。
それから4週間ほどが経過したが、今のところ順調に宿題をこなしている。
最初は簡単だったので続けて二つほど課題を送信していた。するとインストラクターが数日後に添削して返却してくれる。
コースがすぐに終わってしまうのではないかとタカをくくっていたが、このところは徐々にレベルが上がって提出する間隔も長くなって来ている。だが少しずつ自分のフランス語を書く力が蘇って来るのを実感するのは非常に楽しいものである。
パンデミックのせいでさんざん、閉塞感やフラストレーションなどの嫌な気持ちを味わった1年半だった。だが思いがけない形で、フランスの社会やフランス語をまた身近に感じられるようになったのも確かである。そして還暦を迎えた今、まさかフランス語を改めて学習することになるとは思ってもいなかったので、その意欲を掻き立ててくれたという点では有意義だった。
私には、実は密かにフランス語で書いてみたいと思っている「子ども時代の思い出」があり、それもフランス語学習の一つの動機づけになっている。リセ(中高一貫校)3年生の時、とてつもなく意地悪な先生に遭遇したというエピソードだが、日本語のブログ記事では何年か前に書いたことがある。しかしその時、その場で使っていたフランス語で再現することでしか出せない臨場感があるように思えるのだ。
いつかきっと成し遂げてみせる、と心に誓いながらオンライン授業に励む今日この頃である。