国際結婚と配偶者への扶養義務:日本の「婚姻費用」とカナダの「配偶者サポート」
文・野口洋美
「結婚生活が破綻し夫婦が別居。収入のない妻が路頭に迷ってしまう」昭和のドラマのような筋書きだ。別居後の配偶者の暮らしを経済的に支えるシステムは、日本でも確立されつつある。子供の養育費ではなく、配偶者に対する扶養義務のことだ。
カナダで家族法専門の法律事務所に所属する筆者は、オンタリオ州における日本人の結婚や離婚を担当している。その大半は国際結婚だが、日本人同士の離婚依頼を受けることも少なくない。
まず「海外在住でも夫婦双方が日本人なら、日本の法律で離婚しなければならないのか?」から紐解こう。
婚姻解消に伴う法手続は、その時点で夫婦が暮らす場所の法律に従う。当事者の国籍ではなく、居住地の法律に従うこの「現地法ルール」は、離婚のみならず他の法案件にも当てはまる。けれども、当事者双方が帰国して日本法による離婚手続を希望する場合はこの限りではない。
そこで、日本の配偶者への扶養義務「婚姻費用」をカナダの「配偶者サポート」と比較してみた。

配偶者の生活レベルを保つため
日本の「婚姻費用」もカナダの「配偶者サポート」も同居中の生活レベルを保つため、収入の高い配偶者が収入の低い配偶者に対して負う扶養義務だ。しかし、この二つには決定的な違いがある。
「婚姻費用」は、別居家族に対する扶養義務である。離婚が成立した後は、配偶者への扶養義務は終了し、子どもへの養育費のみが残る。離婚に伴い「財産分与」が終了することがその理由であると伺われる。
一方、「配偶者サポート」は、別居した配偶者に対する継続的な扶養義務だ。正式に離婚した後も一定期間、扶養義務は継続する。継続期間の目安は、婚姻年数の50%から100%だが、婚姻歴20年以上で受取側が高齢だった場合などは、半永久的に支給される。また「財産分与」も別居時に行われる。
「婚姻費用」に含まれるもの
「婚姻費用」とは、配偶者と子の生活費、医療費、養育費、学費、交際費など、カナダの「養育費」「配偶者サポート」「養育経費」を一括する扶養義務だ。
カナダでは、「養育費」と「配偶者サポート」の合計で、別居したそれぞれの家庭の生活費が均等になることを目指す。「養育経費」には、生活費以外の学費や医療費が含まれる。支払側と受取側の年収比に応じた分担額の清算だと考えるとわかりやすい。
「婚姻費用」の決め方
日本の「婚姻費用」は、カナダの「配偶者サポート」と異なり、家裁に申請しない限りその支払いを強制できない。当事者間で「婚姻費用」の金額が決められなければ、「婚姻費用の分担請求調停」を申立て、申立日にさかのぼって支払いが開始される。
申立日以前の未払い分を請求しても認められないので、「話し合いができない」「決まらない」場合には、なるべく早い申立が必要だ。
尚、調停が不成立となった場合には、審判に移行する。調停は裁判所が選んだ調停員の提案や助言を受けての話合いだが、審判は審判員が審理を行う裁判手続なので、当事者の意向は反映されないことに留意したい。
婚姻費用の金額
2019年12月23日、日本の裁判所は婚姻費用の金額を示す「標準算定表」を公表した。夫婦の年収と子供の数、子供の年齢などで細分化されているが、「一緒に暮らしていた時の生活レベルを保つため必要最低限」が目安とされている。
例えば、夫の年収500万円で、収入のない妻が15歳以下の子供二人と暮らしている場合、夫は妻に月額12万〜14万円を支払うことになる。
算定表以外にも「双方の資産、支出」なども考慮される。雇用収入はなくとも資産家であった場合などがそれだ。
尚、カナダにも「配偶者サポートガイドライン」が存在し、別居時の配偶者扶養の指針となっている。
日本の「婚姻費用」とカナダの「配偶者サポート」の違いは、日本とカナダの家族に対する考え方を反映しているように思う。日本では別居している間は家族だが、離婚成立と共に赤の他人になる。カナダでは、正式な離婚の有無にかかわらず、婚姻期間の長さに応じて配偶者の生活を支える義務が発生する。
「どちらがいい」という話ではない。それぞれの国の社会通念、公序良俗を反映する法律意識に基づく仕組みだ。しかし、「どの国の法律に基づき離婚するかの選択肢」を有するカナダ在住の日本国民夫妻にとっては、十分に理解し検討したい違いであろう。
以上、日本の「婚姻費用」については、裁判所のホームページの婚姻費用の分担請求調停を、カナダの「配偶者サポート」についてはネイソンズ、シーゲルLLPのネイソンズ弁護士の話を参照した。