運動嫌いの子供は体育の授業から?

文・鈴木典子 

今年2023年1月16日朝日新聞の「記者サロン」は「体育がスポーツ嫌い招かぬために」というタイトルで、井谷恵子・京都教育大名誉教授と佐藤貴弘・筑波大学教授のオンライン議論を紹介している。そこで紹介されたのが昨年11月に朝日新聞が特集した「『体育嫌い』を考える」フォーラム面での特集記事だ(注1)。

このフォーラムに寄せられた体験談の中には「中学生の頃、発達が遅いことがコンプレックスだった。体操服は身体のラインがわかりやすく、男子にからかわれた体験から、体育自体もますます嫌いになった」というものがあるが、逆に発達が早く胸が大きくなっている女子が体育嫌いになることも広く知られている(特に水泳や陸上)。

上記フォーラムの記事で「体育嫌いの声を聴く研究プロジェクト」主宰井谷恵子・京都教育大名誉教授はなぜ「女性に体育嫌いが多いのか」という問題については、「原因は、女性の心身が体育やスポーツに適していないからではなく、体育のカリキュラムが男性を標準にした競技スポーツを中心に作られているから」で、「日本の体育は競技スポーツを中心に構成され、特に競技の基礎的な能力を身につけることが強調されがち」だと指摘している。

雑誌『東洋経済』オンライン版の2022年12月10日には「運動嫌いを増やしてしまう学校の体育の常識、「全員できる教」が大問題の訳~「体育嫌い」なくす不親切教師的体育指導の勧め(注3)」という記事を千葉県公立小学校教員の松尾英明氏が書いている。そこで引用された小学校の学習指導要領における体育科の「1教科の目標」は以下のとおりである。

《体育や保健の見方・考え方を働かせ,課題を見付け,その解決に向けた学習過程を通して,心と体を一体として捉え,生涯にわたって心身の健康を保持増進し豊かなスポーツライフを実現するための資質・能力を次のとおり育成することを目指す。(以下略)》

つまり、指導要領で小学校で教えることと決められていることに、「スポーツや運動ができるようになる」とは書いていないのだ。

雑誌「Tarzan」オンラインの2022年10月4日号の記事「「体育の授業」で運動ぎらいが増える? 早大スポーツ科学学術院・中澤篤史先生に聞く(注2)」にも、現在の体育の授業のもつ問題点が指摘されているので引用する(太字は原文のまま)。

「数学や国語のテストができる/できないということであれば個人の中に留まるものですけど、体育って「かけっこしたら遅い」「逆上がりができない」ということが非常にビジブルに、誰の目にも明らかにわかってしまうんです。できる/できないの問題が個人を超えて、集団の中で評価されるような構造が、体育の授業では生まれてしまっていると思います。そもそも学校という空間は同調圧力が強い。そんな場で「できない子」は非常にストレスを感じ、スポーツをやると馬鹿にされるからスポーツ自体をやりたくなくなってしまっているかもしれません。」

他の教科については「テストの成績を廊下に貼り出す」ことをやっていたけど、少しずつ廃止されていった」のに、「スポーツというものが本質的に競争原理を内包してい」るために、体育では技術や体力の順位・成績は明確に公開され続けていることも、指摘されている。

「上手い子と下手な子(経験者と未経験者)が「平等」という名目のもとに既存のルールに基づいてスポーツをすることで、下手な子は「申し訳ない」という思いをもってスポーツそのものから遠ざかってしまう」と指摘したうえで、「女子や不得手な生徒に対してハンディキャップを与えながら、対等に楽しめるように工夫をする」ことが必要と提案している。パラリンピックの協議では障害の重さに応じて選手の持ち点が割り振られたり、ゴルフのハンディキャップがその代表と言えるだろう。

我が家の息子が小学校に通学していた時に、体育の時間に嬉々として校庭に飛び出していく子ばかりだと思っていたカナダでも、体育嫌いの問題はあるようで、“10 helpful tips if your child “hates” PE class” という保護者向けの記事を見つけた。

運動部活動が勝利至上主義になっているという問題を紹介したことがあるが、そもそも、体育の授業そのものが強い子、うまい子、できる子を優れた子としてその優劣を公開することを当然としているところに、問題の根っこがあるのかもしれない。体育が体を動かすことの楽しさ、ルールを守って勝負することの面白さを知る場であってほしいし、体を動かすことが苦手な子でも、友達をサポートしたり応援したりすることでも体育の授業に参加し認めてもらえるようになってほしいものだ。

注1:11/20記事① https://www.asahi.com/articles/DA3S15479363.html

11/27記事②

https://www.asahi.com/articles/DA3S15486163.html?iref=pc_rensai_long_372_article

記者サロンは有料サイト:

https://www.asahi.com/articles/DA3S15527929.html?iref=pc_ss_date_article

注2:2022/10/04号に記事①

https://tarzanweb.jp/post-272426?heading=1

注3:https://toyokeizai.net/articles/-/637722

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