性別を教えないで育てると子どもはどう育つか? by 佐々木掌子 (2012年1月)

2011年5月、トロントの地元紙「トロントスター」が一面トップで、ある家族の教育方針について報道したところ、読者からその家族が猛口撃されるという事件が起こった。

有名メーカーの0〜3ヶ月の服。すでにこの月齢でBlue for Boy, Pink for Girlと印字されている。

ケーシー(38)とディビット(39)の間に生まれた子どもたちは、3人。ジャズ(5)、キオ(2)、そして、3人目の子どもストームは生後4ヶ月。彼ら夫婦が実践しているのは、3人目の子どもに性別を教えないことによって「“ジェンダーに囚われずに”、“内発的動機付けに基づいて”自己決定できるようにする子育て」である。

これは「男の子だけどスカートを履かせる」といった親の強制でジェンダー役割に柔軟性を持つよう仕向けられるというものではない。子どもの自己決定力を育むために“そもそも性別を教えない”というのであるから、その徹底ぶりが伺える。

もちろん近隣の人たちは戸惑いを隠せない。一般の人々にとって性別情報というのは、至極基本的なものだからだ。

「まあ、カワイイ赤ちゃんね、この子は男の子?」と聞いたときに「この子に選ばせるんです」と答えられた時の、驚き。「選ばせる?!なんて馬鹿な親!可哀想な子ども!」と新聞の読者が感情的に反応したのは、我々がいかに“性別情報”を重要なものとして捉えているのかをうかがわせるエピソードである。「男とか女とかじゃなく人間として」という、よくあるスローガンが上滑った響きにさえ聞こえる。

ストームの性別を知っているのは、両親とストームのきょうだい二人、助産師、それにごく限られた親類だけだそうだ。

生まれた時に、彼らは友達や親類に以下のようなメールを送信している。

「我々は差しあたり、ストームの性別を皆さんにお伝えしないことにしました。それは、制限の代わりとなる自由と選択の証です。ストームの人生において世界がより進歩的なところになるよう立ち向かいます」

彼らはhelicopter parents(モンスターペアレンツ)のように子どもを過度に守ったり、あるいはtiger moms(教育ママ)のように子どもを何が何でもハーバード大学に入れるよう勉強を強いたりするような、“親が何でも決めてしまい、子どもの自主性を阻害する子育て”に批判的であり、内発的動機付けによって自己決定できる子どもに育てたいのである。

このような子育ての背景にあるのは、評論家Alfie Kohnの“子どもは親から無条件に受容されたときにベストを尽くす”という考え。両親は子どもがどのような選択をしようとすべてを受け入れる覚悟ができているのである。

上のきょうだいは、二人とも男の子。そして彼らの自主性を重んじた結果、二人とも典型的には女児が好む格好をしている。

ストームを妊娠中、母親のケーシーは長男ジャズの非典型的なジェンダー行動についていろいろと考え、もっと親としてのスキルが必要だと感じた。そして夫婦は子どもの自己決定能力をより尊重するために、「次に生まれてくる子どもには性別を伝えないことにしよう」と思うに至ったのである。

しかしながら、まだ小さい二人の兄弟に下の子の性別を秘匿させることの是非や性別の混乱が起こらないかという懸念は問題視されており、“いつ明かすのか”が注目されている。

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年も迫る12月26日、再度トロントスターは「あの家族のその後」を報じた。

それによると、両親はこの秋トロントで開催されたフェミニスト会議のパネルセッションで話をしたり、子育てに関する本を執筆中だったりと精力的に活動している様子である。

さらにジャズは、(実にトロントらしい施設だが)ジェンダーにこだわらない教育方針の公立保育園に通っており、7月に両親はそこの代表団と共にプライド・パレードに参加したとのことである。

肝心のストームに変わりはない。7名だけがストームの性別を知っていることにも変わりはない。

実は彼らは自ら望んで、報道後まもなく、今私が所属しているジェンダー・アイデンティティ・サービスのアセスメントを受けに来た(詳細は彼らが執筆する著作に記述されるかもしれない)。もちろんストームが育つまで研究結果がどうなるのかわからない。性別は与えられたほうがいいのか、自分で選ぶほうがいいのか、その結末がわかるのは数年、数十年後だ。

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元記事は以下。読者コメントも読むことができる。
http://www.parentcentral.ca/parent/babiespregnancy/babies/article/995112–parents-keep-child-s-gender-secret
その後を追った元記事は以下。
http://www.thestar.com/news/article/1105515–where-are-they-now-storm-the-genderless-baby

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