95%の沈黙

文・斎藤文栄   

ここ数週間、カナダのワイドショー的なニュースとして話題となっているのが、元CBC(カナダ国営放送)のラジオ番組Q(キュー)の人気パーソナリティーだったジアン・ゴメシ(Jian Ghomeshi)氏の性暴力裁判だ。

ジアン・ゴメシといえば、人柄の良さそうな声と時事問題からエンターテイメントまでこなせるスマートなインタビューで「Q」を超人気ラジオ番組に押し上げた立役者だ。そこに甘いマスクが加わって、特に女性の間で絶大なる人気を誇っていた人物である。

そのゴメシ氏による性暴力の被害者がいることが明らかになり、CBCがゴメシ氏を解雇したのが2014年の秋。これに対し、ゴメシ氏はフェイスブックに反論を掲載。巨額の損害賠償を請求する民事訴訟をCBC相手に起こしたものの、のちに取り下げ、その後、どうしたものかと思っていたが、明らかになった性被害のうち何件かが刑事裁判になったことを聞いた。

その裁判がようやく2016年2月になって開始された。今回審理の行われた刑事事件の対象となったのは、ゴメシ氏が関係を持っていた不特定の相手のうち、3人に対する性的暴行(3件)、首締め行為(1件)である。ゴメシ氏の弁護人は、これらの暴力が全て性行為の過程で行われており、同意があったSM行為として無罪を主張している。それ以上に暴行があったと言いながら暴行の後も被害者がゴメシ氏と関係を続けていること、それを当初、検察側に明らかにしていなかったことで被害者の証言が信用できないと主張している。

ゴメシ氏自身、(この裁判では黙秘を通しているが)SM行為は否定してない。また15年も前に性交渉を持った相手との記録を全て保管していたことも判明している。これこそ彼自身が少なくとも後で問題となり得る行動をとっていることを認識していたため、自己防衛のためにそれらを保管していたとしか考えられない。私から見ると、ゴメシ氏は限りなく黒に近いとしか思えない。ゴメシ氏は報道によれば、セックスの最中や直後に相手を殴る、噛む、相手の首を絞める、口や鼻を塞ぎ息苦しくする、デート相手の髪の毛を強引に引っ張ったり、頭を殴ったりすることがあったと伝えらえている。首締めや口や鼻を塞ぐなどの行為は命を脅かす行為であるし、同意があったとしても許される行為ではない。むろんその他の行為も、同意のある性行為ではなく、身勝手な傷害行為でしかない。

ただ連日の報道で、クローズアップされたのは、加害者であるゴメシ氏よりも訴え出た被害者であったように思う。例えば、暴行を受けた後にもかかわらずゴメシ氏に携帯のメッセージやEmailを送り続けているのはおかしい、当初検察にゴメシ氏との関係を続けていたことを隠していたのは何故だ、など被害者の態度がことさら問題視された。被害者たる適切な行動ではない、というのである。これらの批判に対しては既に反論が出されているように、暴力を受けた後も関係を続けることは性的犯罪によくあることであり、それだからといって、暴力があったことが否定されるべきではない。また時が経過して客観的に過去の行為を振り返れるようになり初めて暴力を認識できることもあるだろう。残念なことに、今回の一連の被害者に対する過剰報道を見て、すでに他の事件の性被害者が刑事告訴をためらうケースが出てきていると聞く。

性被害者に対する偏見は、メディアだけではなく、公平であるべき裁判所にも見られる。最近アルバータ州の裁判官がレイプ被害者に「なぜ両膝を閉じておかなかったのか」という質問を投げかけたことが問題となった。このような裁判官だけだったら、性暴力はいつまでたっても裁判所で認められることはないだろう。

性被害者は、加害者だけではなくメディア、世間、司法機関の偏見とも戦わなければならないとすれば、訴えをためらうのも納得せざるを得ない。

2004年のカナダ統計局の報告によれば、カナダ全体で性的暴行を受けているのは毎年460,000人にも上り、そのうち警察に届け出るのはたった8%であるという。2014年の報告では届け出率はさらに5%まで下がっている。

クリックして00000308.pdfにアクセス

http://www.statcan.gc.ca/pub/85-002-x/2015001/article/14241-eng.htm

性的暴行を受けた人のうち95%が届け出ていないという事実を私たちはどう受け止めるべきだろうか。

ゴメシ氏の判決は3月24日の予定だ。今回問題となっている暴行が全て10年以上前のもので証拠も少なく、被害者の証言の信用性も問題となっていることから、有罪判決は難しいとも言われている。しかしいかなる判決が出ても、彼が性的暴力を振ったという事実、その暴力により傷ついた女性たちが存在し、その背後に何十万という被害者が訴えることすら出来ずにいるという事実を、私たちは忘れてはいけないと思う。