日本書籍市場事情

文・鈴木典子

このところ、日本の書籍市場や出版の事情について話を聞く機会が続いた。ご存知の方も多いのだと思うが、個人的には驚いたり納得したりだったので、共有してみたい。

ジャーナリスト津田大介さんによると、「日本の書籍市場は良い意味でも悪い意味でも「ガラパゴス」だった」そうだ(注1)。つまり、一般的な市場原理や市場経済の変化や流れから切り離されて、独自の市場原理を続けてきている、というのだ。この日本の書籍市場を支えるのは、「再販売価格維持制度(再販制度)(注2)」と、「委託販売制度(注3)」という2つのシステムだ。

img_20161004_071223508前者は、メーカーが卸売業者や小売業者に対して、商品の販売価格を指定し守らせるしくみをいう。戦後の物資不足が解消され、物品が安く売られすぎるようになったため、小売業を保護するための制度である。一般の物品については、自由競争を阻害する不公正取引に当たるものとして、基本的に独禁法で禁じられているが、書籍や雑誌などの著作物については、今でも例外として再販が容認されている。その理由は、競争の激しい都会より地方の方が値段が高くなり、地域によって文化格差が生じる恐れがある、というものだ。なるほど、そういわれると、新聞や本が高かったら、買いにくいだろう。再販制度が適用されているのは、書籍、雑誌、新聞及びレコード盤、音楽用テープ、音楽用CDの6点で、ここにDVDなど動画資料が含まれていないことも興味深い。

後者は、小売店がメーカーの生産した商品を、買切り(注4)ではなく、返品可能な委託という形で仕入れることのできる制度である。つまり、小売店は、取次(注5)を介して様々な書籍を入手でき、売れなければ返品できる。出版社は、取次に卸した時点で売り上げが発生するので、返品があって取次に返金しなければならなくなったら、次の本を出版して卸せばいい。出版する時点で売れるかどうかの競争原理が強く働かないため、中小の出版社が成り立ち、様々な種類の書籍が安価で出版されるというわけだ。

ところが、この二つのシステムが機能しなくなってきている。

近年、ネット書店(アマゾンなど)、新古書店(ブックオフなど)のチェーン店が激増し、さらに電子書籍が始まったため、書籍の価格が多様化してきている。新刊書であっても、少し待てば、新古書店に定価の数割引きで出てくるし、ネット書店ではオークションも行われる。定価で販売される実店舗では、本が買われなくなってきているのだ。

一方、書棚や在庫数に限りがある小売書店では、店頭に展示する本の回転が速くなり、売れなくなったらすぐに返本するため、いい本を長く置く余裕がなくなった。新刊が1週間後には店頭にないというケースはざらにあるし、注文した本が届いて、箱のふたを開け、タイトルと現物を見てすぐふたを閉めて返本する場合さえあるそうだ。外科手術の「あけしめ」ではないが、開けて見てみたら「手の施しようがない」本だったわけだ。返本率は統計のある1977年以来3割を切ったことがなく、ここ10数年は4割前後である。出版点数(新しく出版されるタイトル数)はあまり減っておらず、出版部数は11億冊以上なので、いかにたくさんの種類の書籍が、読者の手元に届かずに在庫になったり処分されたりしているかということだ(注6)。

また、全国の書店数は1988年には2万8千店もあったのが、2014年には8千店まで減少している。一方売り場面積はここ数年こそ減少したが、1996年頃の水準である(注7)。つまり、実際の店舗を構えている書店は、大型書店しか生き残れず、新規に開店するのは大型書店ばかりだということだ。いわゆる町の本屋さんがつぶれてしまい、チェーンの大型書店が駅ビルなどに入っているだけの街が増えてきているのだろう。

さらには、経営不振と大型化に伴い、書店員がアルバイトが増え、知識と経験から選んだ本を発注したり、読者に勧めたりすることが難しくなっているそうだ。だからこそ、頑張っている書店員たちが本屋大賞(注8)を選んで、本当に売りたい本、読者に届けたい本を選ぶ時代になったのかもしれない。

出版社の方でも、本の質を考える前に、出版して売ってしまわないと、返本に返金するお金がないから、とにかくどんどん出版し続ける、自転車操業の悪循環を断ち切れなくなる。

著作物を再販商品として卸すかどうかは、出版社の意思によるため、出版社としても、返本されるくらいなら割り引いて売りたいと、発売から一定期間を過ぎた本を値引き販売する「時限再販」に取り組む出版社も増えてきているという。

活字離れ、出版不況と言われながら、大型の本屋には本があふれ、新刊書がどんどん出ては消えていくのを見ていて、不思議に思っていたことが、なんとなく腑に落ちたのであるが、一方で、これはまずいのではないかと強く思う。これからも、出版事情、書店の課題などについて、勉強する機会があるので、次には日本で出版や読書環境を支えている人たちの工夫や努力を報告できればと思う。

注1  http://book.asahi.com/booknews/update/2016010100001.html?ref=chiezou

注2 再販制度(知恵蔵):
正式には再販売価格維持制度といい、独占禁止法上は原則として禁止されている再販売価格の指定を例外的に認める制度。独占禁止法は自由な価格競争を促進する立場から、商品の製造業者(供給者)が販売店に対してその商品の小売価格を指定することを、不公正な取引方法として禁止しているが、書籍、雑誌、新聞及びレコード盤、音楽用テープ、音楽用CDの6品目については例外的に、言論の自由や文化の保護という見地から、1953年以来、再販売価格の指定が認められてきた(著作物再販制度)。かつては化粧品なども例外とされてきた時代があったが、自由競争の見地から例外の範囲が狭められ、出版物についても廃止を検討しようとする考え方が70年代末に公正取引委員会から提起され、特に90年代に入って本格的な検討がすすめられてきた。これに対して、日本新聞協会が新聞の戸別配達の維持や質の低下の回避などを主張し、日本書籍出版協会日本雑誌協会なども全国同一価格の維持や活字文化の振興などを主張して、強く反対している。2001年3月に公正取引委員会は報告書「著作物再販制度の取扱いについて」を公表し、「同制度の廃止について国民的合意が形成されるに至っていない」として「当面同制度を存置することが相当」であるとする判断を示すと共に、長期購読者への価格割引など同制度の弾力的運用により消費者利益の向上を目指すべきものとした。こうした弾力的運用への取り組みの検証など著作物流通に関する意見交換の場として、著作物再販協議会が設けられている。また、05年末に公正取引委員会は、差別価格販売や定価割引等を禁止する独占禁止法上の「特殊指定」の新聞への適用を見直す考えを示したが、戸別配達制度への影響の懸念から反対も強く、実施はされていない。(浜田純一 東京大学教授 / 2007年)

注3 委託販売制(図書館情報学用語辞典):
小売店がメーカーの生産した商品を,買切りではなく,返品可能な委託という形で仕入れることのできる制度.出版界では一般に,出版社が発行した新刊書は書籍取次を経由して書店へと配本されるが,委託販売制により,一定期限内であれば,書店は仕入れた商品を再び取次を通して出版社に返品できる.このことにより,多品種小量生産という特性を持った本という商品を,小売店である書店は自らのリスクを負うことなく店頭展示販売ができる.しかしながら年間7万点を超す出版点数に対応しなければならないために,書店側が早め早めに委託本を返品してしまうという弊害も生まれている.

注4 買切り制(図書館情報学用語辞典):
商品の取引方法の一つで,仕入れ側が買った商品を返品できない制度.この取引方法は一般的に多くの業界で採用されている.買切り制での取引後は,取引商品の所有権は販売側から仕入れ側に移転し,仕入れ後は仕入れ側の責任で商品を販売しなければならない.したがって,売れ残った商品については,値引き販売が可能となる.日本における図書,雑誌などの出版物の販売方法としては,第二次大戦前の図書の取引では広く買切り制が採用されていたが,現在では岩波書店や未来社などの一部の学術専門出版社などが採用しているにすぎず,一般的には委託販売制が広く普及している.

注5 書籍取次(図書館情報学用語辞典):
出版社と書店の間に立つ仲介業.取次,取次店ともいう.通常の流通業界では,問屋と呼ばれている存在のこと.明治中期以降に,大規模な書店から取次が発生し,第二次大戦中は統制会社である日本出版配給株式会社(略称 日配)に統合されたが,戦後は東京出版販売株式会社(現 トーハン)や日本出版販売株式会社(略称 日販),大阪屋などに分割された.その後の高度経済成長時代の出版産業の隆盛が,委託販売定価販売(再販制)によりもたらされ,出版物の流通過程を掌握している取次の役割が大きくなっている.なお,取次は書店への再販売が任務であり,読者への直接販売は担当しない.

注6 書籍雑誌の出版点数推移(出版年鑑より):
http://www.garbagenews.net/archives/1885090.html
http://www.ajpea.or.jp/statistics/
新刊書の発行点数は2006年80,618点ピーク以来8万点前後で横ばい、2015年80,048店。書籍の発行部数は1990年台後半の15億冊(1997年157,354万冊)をピークに、2000年代は14億冊前後をキープしていたが、2008年以降は減少し続け、2015年116,328万冊。1982年が113,386冊。実売総額は、1997年1兆1062億円ピークに2015年には7兆9357億円。

注7 全国書店数の推移、売り場面積の推移
http://www.1book.co.jp/001166.html
http://www.1book.co.jp/004780.html
http://www.garbagenews.net/archives/1985414.html

注8 http://www.hontai.or.jp/history/index.html

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