彼はクリスマス・イヴに両手の指を失った。そして5月に得たものは・・・
文・斎藤文栄
ウィニペグの属するマニトバ州の冬の寒さについては何回か書いているが、その極寒の冬の夜に、徒歩で米国のノース・ダコタ州からマニトバ州に渡ってくる人たちがいる。1月には19人だったが、2月には142人と急増した。寒い時はマイナス30度以下にもなる厳冬期に、なぜ徒歩でカナダに渡ってくるのだろうか。
彼らは、カナダで難民申請をしようとする外国人で、トランプ政権の強権的な移民政策の発動に合わせ、カナダに安住の地を求めてくる人々である。主にガーナ、ソマリア、エリトリア、ジブチなどからのアフリカ人である。
実は、カナダと米国の間では、難民申請の取り扱いについて「安全な第三国」協定(Safe Third Country Agreement) が結ばれていることから、庇護申請者は、先に米国に到着した場合、 最初に到着した安全な国(という建前で)ある米国で難民申請を行わなければならない。この協定の下、カナダは、庇護希望者が米国を経由してきた場合には、特別な場合を除き、米国へ送還することになっている。
しかし、非合法にカナダに入国し、カナダに難民申請をする場合には、この協定があてはまらないことから、入国審査を通らずともカナダに入国できるルートを選んで渡ってくる人たちが増えているのである。
ところで、マニトバ州はいわゆる穀物地帯に属し、見渡す限りの大平原が特徴なだけあり、冬になれば寒さを遮るものはまったくない。凍えるような寒さの中、滑る氷のような道路や、舗装されていない茂みの中を歩くことがどれだけ危険なことか容易に想像がつくだろう。
そんな極寒の去年のクリスマス・イヴの夜、ゲイで、ガーナ出身のイスラム教徒のセイドゥ・ムハマド(Seidu Mohammed)さんは、もう一人のガーナ人とともにノース・ダコタ州の国境沿いの町からカナダ側に歩いて渡ることを決心した。
たぶんムハマドさんには、 厳冬期に大平原を長時間歩くということがどういうことか、十分な認識がなかったのだろう。米国で難民申請をしたものの、却下され、ゲイということで様々な迫害を受ける恐れのあるガーナに強制送還の危機にある彼は、準備など考えていられないくらい切羽詰まった状況にあったともいえる。十分な防寒の準備がないまま歩きはじめ、無事カナダ側に渡る頃には両手は凍傷にやられ、結局、彼は全ての指を失うことになった。
現在、ウィニペグに暮らすムハマドさんに難民申請が認められたとの朗報がもたられたのは、今年5月中旬。遅すぎる位のクリスマス・プレゼントとなった。全ての指を失ったことについて、彼は「それだけの価値はあった」とインタビューで答えている。(注1)
ムハマドさんはけっして特殊な例ではない。マニトバ州の国境近くの小さな町、エマーソンには、毎日のように、国境を越えて庇護希望者がやってくるという。気候も良くなり、その数はさらに増えるだろうと予想されている。ケベック州ではさらにこの傾向が顕著で、バーモント州やニューヨーク州からの庇護希望者がマニトバ州の数倍の勢いで国境を渡ってきている。
カナダ政府の発表によれば、今年1月から4月までの間に非合法に国境を越え、RCMP(カナダの国家警察)に保護された庇護希望者の数は、ケベック州で1993人、マニトバ州で477人、ブリティッシュ・コロンビア州で233人に及ぶ。すでに4月末の時点で、2016年の保護数を超えているという。(注2)
トランプ政権の政策が変わらない限り、カナダ側に渡ってくる庇護希望者が絶えることはないだろう。今後もカナダ・米国の国境沿いの緊張は続くだろうが、危険をおかしても渡ってくる人たちの苦労を考えると、この人たちがせめて無事にカナダで難民申請ができるようになれば良いと願わずにはいられない。
注1:
注2:
http://www.cic.gc.ca/english/refugees/asylum-claims-made-in-canada.asp
参考
Canada-U.S. Safe Third Country Agreement
http://www.cic.gc.ca/english/department/laws-policy/menu-safethird.asp
『難民になれない庇護希望者』本岡大和Core Ethics Vol. 6(2010)
www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/ce/2010/mh01.pdf
”The new underground railroad More and more refugees are making a dangerous trek north to Canada to escape a harsh new U.S. regime—risking life and limb,” Jason Markusoff, February 3, 2017, Maclean’s
http://www.macleans.ca/the-new-underground-railroad-to-canada/