ある職場の組合化 1

文・三船純子

亡くなった父は地方企業の人事部の部長をしていたことがあった。父は当時県内で有数の民間企業と言われた勤務先が、その経営問題から1700人程の従業員から500人の大量解雇に関わった。詳しいことは聞かず仕舞いだったが、立場上辛い職務だったと想像できるし、解雇された方やその家族もそれ以上に辛い思いをされたことだろう。

その当時、組合関係者や解雇勧告があった人から家に電話があったり、訪ねてきたりして、母も対応したりしていたことが私の記憶にもある。それらのことは父にとってトラウマになったようだった。晩年に、その頃のことを夢に見て今だにうなされるのだとこぼしていたことがあり、カナダから悪い夢を吸い取ってくれると言われているドリーム・キャッチャーを送ったことがあった。しばらくして「あんまり効果ないぞ」と言っていた。

私自身は、その後東京で勤めた大手企業には活発な活動をしている組合があり、同僚が積極的に関わっていたのを記憶しているが、私自身が直接的に関わることはなかった。日本を離れた後に勤めた勤務先にも、日系企業でもアメリカやカナダの海外支社にも、組合があるところはなかった。そんな私がつい最近、自分の職場が組合化されるという経験をした。それは思っていた以上に、心を揺さぶられる大変なプロセスだった。

少なくともその4~5ヶ月前までは、組合化についての具体的な話はなかったのだが、数ヶ月の間に急速に話が進んだ結果だった。ただし、数年前にトップが交代してから、様々な組織内の変動が、ほとんど事後報告のような形であったことでスタッフの不満が燻っていたので、全く予想外の結果ではない。私のフルタイムの職場はスタッフが60人程の非営利団体である。これまでに全スタッフ参加で、組織運営や内部コミュニケーション向上の為の話し合いが何度か持たれ、目標別にチームを作ったり、外部のコンサルタントを雇うなどして、問題点の改善化を進めてきていた。ところが、上部からの決断過程が不透明なままの事後報告を受けるということが続き、スタッフの間で上部に対する不信感が募っていた。上部も運営資金の出資先であるオンタリオ州からのプレッシャーもあり、様々なことを変えていかざる負えない事情もあったとは思う。だが、新しい変化への抵抗もあったと思うが、ベテランスタッフが何人も辞めていくという事態にもなり、それまでのチームの一体感がなくなってしまった。

そんな時に、職場創設当初から勤務していたベテランのスタッフの一人が突然解雇され、その解雇が訴訟問題になってしまった為、詳細は一切わからないままに、スタッフ内での上部への不信感は次はわが身かという不安感に変わっていった。全スタッフ参加による「タウンホール・ミーティング」と呼ばれる、参加者が自由に意見を述べ、改善策を見いだす試みもあったが、それが形式的なもので、実際には何も代わっていかないのではないかと感じているスタッフが多かった。タウンホールミーティングの結果を外部コンサルタントがまとめ、今後のプラン提案の報告があった後、同僚達とこれから本当に改善されていくのだろうか?というカジュアルなおしゃべりが、組合化への道のりの始まりだった。スタッフ側からの提案は全て出し尽くしたが、それらを実現化させて状況が改善されていくという希望を持てないことに皆が不満を感じていた。しかしこの時点では組合化の話が出ても、乗り気になる人は殆どいなかったのでが、それでもとにかく組合化についての情報だけは集めてみることになった。

カナダでは、教員組合、医師組合、鉄鋼業組合など職種によって参加する組合が決っている場合もあり、その他の場合には、国内ベースまたはアメリカベース労働組合の中から、各団体や企業がそれぞれ組合を選んで、その親組合の支持を受け乍ら、職場の組合化や組合活動をしていくことになる。

image(1)我が職場の場合は、8名のスタッフが手分けをして、組合化している他団体のスタッフから情報を集めながら、同様のサービスを提供している団体を効率的にサポートしてくれる組合を探すことから始めた。いくつかの親組合となる労働組合の担当者にも会い、どの組合が一番自分達の職場に適しているかを比較し話し合った。情報を集めているうちに、組合化することで不透明である運営費や経費の割当の決断過程の開示などの情報やコミュニケーションのオープン化、解雇方針の明確化などが可能になることがわかってくると、組合化は悪いことではないのではないかという意見が増えてきた。

そして、同業種のNPO団体や病院なども多くサポートしており、他団体からの評判もいいカナダベースの組合に決めて、他のスタッフ向けに組合化を提案する説明会を開いた。正式に組合化するには、スタッフの50%以上が組合化を支持する任意承認選挙をしないといけないが、その為にはまず、投票権のあるスタッフの70%が組合化に興味があることを確認する必要があった。七割の同意を初めに得ておくと、組合化が実現する確率が増えるのだそうだ。そこから8名のスタッフからなる執行委員会が中心となり、他のスタッフに組合に関する情報提供と組合化への同意を得るべくアプローチしていくということが、勤務時間以外に一ヶ月ほど行われた。過去に組合のあった職場であまりいい経験をしていないスタッフや、職場の雰囲気が悪くなることを心配するスタッフからの反対もあった。この時点で、優に8割方の同意を得られたが、その意思表示は最終的なものではない。どのスタッフが賛成で、どのスタッフが反対かのリストを作って、勤務時間外に粘り強く組合化支持の利点の説明と説得を、夜遅くまで続ける毎日が続いた。(次号へ続く)

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