二年の歳月を経て翻訳本「希望の国カナダ・・・ 夢に懸け海を渡った移民たち」完成
文・サンダース宮松敬子
思い起こせばそれは三年程前の5月末のことで、カナダの中央に位置するオンタリオ州のトロント市から最西端のBC州の州都ビクトリア市に国内移住してから迎える初めての夏であった。乾期であるこの季節は、来る日も来る日も青空だが、暑過ぎることは殆どなく25~26℃位が平均気温で空気はあくまでも爽やか。言いようもなく清々しい日々であったことが忘れられない
ビクトリアの町中に出れば、良き英国の雰囲気を残す清潔な街であることが体感出来る。もちろんその年の気候にもよるが、2月末にはornamental plumと呼ばれる可憐な花を一杯に咲かせる梅の花が盛りを迎え、3月には桜が町中を埋める。カヌー、ヨット、ウィンドウ・サーフィング、ゴルフ、テニス、ハイキング、山登り、自転車乗り、ガーデニグ・・・等など、自然と一体になることが好きな人達にはたまらない場所である。
冬でも気温がマイナスになる日は少なく、私が移り住んでから薄っすらと積もった雪景色を見たのは2,3回である。そのためトロントは勿論のこと、カルガリー、エドモントン、ウィニペッグ、オタワと言った冬の厳しい場所から、リタイア後に移り住むシニアの多いことは素直にうなずけるのである。
しかしその美しい雰囲気とは裏腹に、日が経つにつれ私の心の内は、多民族が癒合する活気あるコスモポリタンの街トロントの生活と比べ、余りにも静か過ぎて刺激というものを感じることが出来ずに悶々としていた。最初に借家した家が、ダウンタウンから車で3,40分も離れた郊外であった事も大きな理由だったが、当地には僅かに夫側の親戚が数人いるだけで、友人と呼べる人は一人としていなかったのである。
一体私は70も過ぎた歳を迎えた今になって、これから当地でどんな生活を送ったらいいのか、頭の中は疑問符ではち切れそうだった。
大いなる試行錯誤の末とは言え、夫の国内移動に賛成したのは他でもない私自身。時間の経過と共に嘆いていても何も始まらないと自分を前向き思考に傾けていったものの、ではどうすればいいか?まず思い立ったのは「ダウンタウンに移ること!」であった。だがこの広大なカナダをトロントから半横断した僅か4か月後に、再度荷物をまとめて引っ越しをすることが体力的にどれ程きつかったかはここに書き尽くせない。
しかしこれによって自身の行動半径が格段に広がり、興味を持てそうな各種のグループに積極的に参加することが容易になった。それにしてもビクトリアとは何と白人の多い町であることか!ここは「白人の最後のフロンティア」とさえ言う人もいるくらいであるから、どんな会合や集会に出ても98~99%が白人で、残り僅かが「それ以外の人種」などと言うのも珍しいことではない。
「白人が少数民族」の感さえあるトロントでの生活に慣れた目には、最初はとても違和感を感じる雰囲気だった。だが一歩また一歩と行動を起こす内に、生来の「知りたがり屋」の私が徐々に首をもたげ、アンテナを360度張ることであちらこちらから情報をキャッチし、それが友人を増やすことに繋がって行った。
そして出会ったのがビクトリア日系文化協会(Victoria Nikkei Cultural Society) で知己を得たAnn-lee/Gordon夫妻。彼らは「Gateway to Promise」というカナダ日系史をまとめたご夫婦だったのだ。
地理的なことから考えて当然とは思うものの、最初の日本人が初めてカナダの地を踏んだのはビクトリアであり、ここから始まった日系史の情報の厚さには圧倒されるものがある。これ程のものはトロントでは決して目にすることは出来ない上、夫妻が足で集めた資料、小まめにインタビューした人々の証言は驚嘆に値するものであった。
もちろんカナダ日系史に関する本は何冊かあるのは知っているが「生き生きとした情報」が詰まっていることにおいては、他のどの本の追随も許さない壮大な読み物と言っても過言ではない。
原本を読み終わった時の感動は日に日に募り、これは是非日本語読者に紹介すべきだとの抑えがたい思いが、ついにはグループでの邦訳という方向に動いて行ったのである。
その後の経緯は、すでにあちらこちらの媒体に書いているのでご高覧頂ければと思う。
http://mailchi.mp/4400706e0362/vncs-mayjune-2017-newsletter-1493281?e=a4cb00cd92
http://www.keikomiyamatsu.com/
2017年はカナダ建国150周年にあたる記念の年。日系関連から見れば、今年は全国日系カナダ人協会(The National Association of Japanese Canadians) が定めた日本からの移民第一号と称される永野萬蔵がカナダに一歩を踏み出してから140年目(これに関しては1877年に彼がカナダに来たという確たる証拠は残っていないのだが)、また不幸にも第二次世界大戦の勃発によって日系カナダ人がロッキー山脈の麓に強制移動させられてから75年目、加えて戦後移住者の来加から50年の節目にもあたる。
この意義ある年に、当翻訳本が出版されたことに大いなる意味を見出し、本書を読むことで出来るだけ多くの人々が日本からの移民した先人たちの足跡をたどる旅に出て欲しいと切望している。