サーロー節子さんのドキュメンタリー上映と講演会を振り返って 

ケートリン・グリフィス

私は恩師に恵まれている。高校生の時の世界史のジム・サーロー先生もその一人だ。

おだやかで少しのんびりとしたイメージの先生から学んだのは、「『歴史』とは年表や合戦名の丸暗記をすることではなく、人間の織り成す『物語』を把握していくことである」ということだ。私が歴史に大いなる興味を抱き現在の仕事にまで結びついていったのには、先生の指導と歴史に埋もれている「人間の物語」をもっと知りたくなったことが出発点である。

IMG708851高校生の頃、学校関連の行事で先生の奥さんにお会いしたこともあった。広島県出身で原爆被爆者であったとその時伺った。高校を卒業してからは一度も母校へ戻らず、その後の先生の活動も知らないまま年月だけが流れた。それが去年の10月末トロントの新聞を読んでいると見覚えある顔が画面(デジタル新聞だったので)に現れた。名前をみると「Setsuko Thurlow」「もしや先生の奥さん?」と記事に食いついた。「広島被爆者」と書かれており「やっぱり先生の奥さんだ!」と確信をもった。記事の内容はさらにビックリするもので、「ICANの代表としてノーベル平和賞を受賞する」とある。「えっ、そんなすごい活動をしていた方だったの?」この驚きと感動をすぐに高校時代からの友人にも知らせ、皆で大騒ぎをした。

私たちの先生についても何か書かれているだろうかと節子さんをグーグル検索もした。その時に先生が数年前にすでに他界されていたことを知り自分の迂闊さに悲しみがこみ上げた。ウェブから知りえた情報では、先生は終始節子さんのサポーターそして理解者としてご一緒に活動をしてこられたとのことであった。高校時代、先生が教師以外にも社会的に意義ある活動を奥さんと一緒に行っていたのかと思うと、改めて先生との出会いが嬉しく、誇らしくも思えた。

この話を母にしたら(実は私は母と同じ高校へ通ったので母もサーロー先生の授業を受けていた)母が「サーロー先生の授業で初めて私は原爆の恐ろしさを知ったのよ。授業で彼が被爆者たちのインタビューを録音したテープを流したの。その時の衝撃と驚きを未だに忘れてないわ。初めて原爆が現実味をおび人間へ及ぼす危険性を理解したの。」と、珍しく昔話をしてくれた。

今回、不思議な縁で光栄にもGroup of 8が中心となり、節子さんの活動を追ったNHKのドキュメンタリー番組を上映したのち、節子さんからスピーチをして頂くイベントを催すことになった。その内容や詳細等を確認するため、節子さんは私たちGroup of 8の4人をご自宅に招待してくださった。一時間ほどお邪魔する予定だったのがイベント以外の話ですっかり盛り上がり、結局4時間以上も長居をしてしまったが、本当に実り豊かなひと時だった。

イベントではNHKのドキュメンタリー『明日世界が終わるとしても~「核なき世界へ  ことばを探す」  サーロー節子』の英語版を上映することになった。(日本での放送が好評だったため、NHK World用に英語版も作成された。英語版タイトルは「Setsuko Thurlow’s Quest: a World without Nuclear Weapons」。

Groupof8SeptPhoto1約200人の観客の中には私の12歳になる娘もいた。このドキュメンタリーを観たおかけで原爆、核兵器と現在の世界情勢を彼女と語る良いきっかけになった。目を背けてはいけないことであることを理解していても、毎日の生活の中で家族と核問題について語る機会は正直なかった。このドキュメンタリーは、それを真正面に立ち向かわせてくれるものであった。核兵器の恐ろしさや、核兵器の無い世界の必然性を。是非色々な方に観ていただき、そして会話をはじめてほしいと強く願う。

ドキュメンタリーだけでなく上映後のサーロー節子さんのスピーチに私は想像以上の感銘を受けた。被爆者としての経験も含め、彼女がなぜソーシャルワーカーになろうと思ったのか、生まれてからの経歴や初めてカナダへ移住した時のカナダ人の核兵器に対する無頓着さを語る部分も非常に興味深かった。

被爆者である節子さんの経験はPrimary Source(一次史料、研究に必然であるオリジナルな貴重な資料)である。彼女の経験は後世に絶対に伝え残さなければならない「史料」である。もっとお話を聞きたいと心底思った。

高校生のころにサーロー先生から学んだ、歴史を理解する上で必要な「人間の物語」の大切さを、彼女もまた会場にいる私たちに伝承してくださった。歴史を理解するには学ぶことが必要である。私は、私たち一人一人が正確な情報を収集し、学び、検討し、核兵器の無い世界を目指しつづけることの大切さを、改めて考えさせられた。

高校卒業をして数十年、今度はサーロー先生の奥さんから絶大なるインパクトをうけた。

私はやはり恩師に恵まれている。

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