書評『多文化の街トロントの図書館で38年 日本人司書の記録』リリーフェルトまり子 著

Essay_Booklet_Colour文・モーゲンスタン陽子

私がリリーフェルトまり子氏に初めて出会ったのは2010年、国際交流基金トロント日本文化センターがブロア・ウェストのコロネードビルにあった頃だった。カナダ人作家、キャサリン・ゴヴィエ氏が、主任司書であったリリーフェルト氏を紹介してくれた。ゴヴィエ氏は、のちに日本でも出版されることとなる『北斎と応為』(原題The Ghost Brush)を書き終えたばかりで、リサーチの過程で国際交流基金の面々とは親しくなっていた。

いつも笑顔のリリーフェルト氏はそろそろ定年も口にするような年齢で、退職後の各国旅行などを夢見ていた。穏やかでのんびりとした印象の当時以降しか氏を存じ上げない私は、『多文化の街トロントの図書館で38年 日本人司書の記録』を拝読し、その波乱万丈な人生、そして努力につぐ努力を重ねて道を切り開いてきた、国際的女性のまさに先駆者である氏の姿を知り、畏れ多さに身の縮む思いがした。

リリーフェルト氏は北海道で生まれたが、幼少時代は、父親の仕事の関係で、日本各地を転々とする。母親によって読書好きの資質が育まれた。まだまだ女性は専業主婦が主流であった70年代、氏は教師として自立し、充実した生活を送っていた。ところが、バンクーバーを訪れた際、のちの夫となるアンソニー・リリーフェルト氏と運命的な出会いをし、そんな何不自由ない生活を捨て、カナダに移住、すべてを一からまたやりなおす道を選ぶ。

現代でさえ、そしてカナダのようなオープンな国でさえ、やはり移住は肉体的にも精神的にもきついものだ。ましてや半世紀近く前、インターネットもSNSもなかった時代だ。今日のように気軽に海外を行き来できる時代でもない。家族や友人と別れ、夫との新たな生活のために単身カナダにやってきた氏の勇気に驚愕するとともに、その寂しさや不安はどれほどであったろうと思う。

トロント日本語学校で教鞭をとり、まもなく長女も生まれ、新天地での生活は順調に進んだ。常に前向きな彼女はしかし、さらなる道を切り開いていく。教師以外の仕事に就きたいと思った彼女は、祖国の文化や言語と深く関わることのできる、図書館での職を目指すようになる。そして、日本語学校での仕事と子育てのあいだを縫って、セネカ・カレッジのライブラリー・テクニシャン・コースに通い始める。ディプロマ修得直前に、メトロポリタン・トロント・リファレンス・ライブラリー(以下MTRL)でライブラリー・アシスタントのフルタイム・ポジションを得る。

MTRLは著名な日系人建築家、レイモンド森山氏の設計による。リリーフェルト氏の勤めたランゲージ・センターでは常に80以上の言語で書かれた書物を提供しており、スタッフはほとんど成人してから移民してきた人ばかりで、カナダで生まれ育った人でもいくつもの言語に精通していた。英語のまだ話せないニューカマーのための教材や生活援助も提供しており、そのサービスの充実度がさすがトロントという感じだ。また、コンピューターシステムのまだ発達していない当時、書籍の貸し出しをマニュアルで管理していたやり方など、当時のMTRLの詳細な記述が面白い。

まり子書評用写真同僚にも恵まれ、充実した日々が過ぎた。しかし、1988年、氏が40歳を迎え、長女が高校生になったのを機に、将来についてふたたび考え始める。図書館の仕事は楽しいが、このままアシスタントで終えていいものか。当時MTRLは司書コースの学資援助をしており、同僚にもフルタイムで働きながらトロント大学大学院で図書館情報学を学ぶ人が何人かいたことから、氏も同院に通うことを決断する。

ところがその直後、第二子妊娠が判明。その後の4年間はソーシャルライフからも遠ざかり、夫や地域の人々の協力を得、子育てと仕事と学業を、両立ならぬ全立させる。そして卒業後まもなく、国際交流基金トロント日本文化センター主任司書として採用される。

私も、子供たちが5歳と3歳のころ、オークビルのシェリダン・カレッジでジャーナリズムのコースに通い、その一環でトロントの出版社でインターンをした。その2年後にはドイツで大学院に通った。子供のお迎えはいつもギリギリ、車に乗ればいつもちょっぴりスピード違反気味、家族や専業主婦たちからは「なんでそんなに頑張るの?」とでもいう感じで理解を得られず……。氏の手記を読みながら、あのころの焦燥感を思い起こした。

国際交流基金時代、リリーフェルト氏は、日本の文化、とくに文学をカナダ社会に積極的に紹介するかたわら、学会などにも参加。そして、私たちカナダで活動するアーティストを惜しみなく支援してくださった。本書でも拙訳や拙著に触れてくださっているが、カナダ時代、氏から受けたご恩は、言葉では語りつくせない。

すでに長くカナダにいる方にも、ワーホリでなんとなくやってきた方にも、ぜひ本書を読んでいただきたい。自分らしく、そしてカナダらしい生き方が見えてくるのではないだろうか。

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『多文化の街トロントの図書館で38年 日本人司書の記録』

リリーフェルトまり子 著

深井耀子・赤瀬美穂・田口瑛子編

女性図書館研究会 日本図書館研究会図書館職の研究グループ 2018

シリーズ 私と図書館 No.8

 

入手方法:

日本国内の場合、封筒に冊子代と送料(82円切手10枚)を同封し、深井耀子様宛に下記の住所に申し込んでください。

〒603-8146 京都市北区寺町下がる西入る 新御霊口町285-126

日本以外の場合の入手については、著者リリーフェルトまり子様宛にメールで連絡をしてください。

marikoliliefeldt@gmail.com

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