法律婚vs.事実婚: カナダ、オンタリオ州の場合

文・野口洋美

1991年にカナダに結婚移住した私は、長い間国際結婚問題に関わっています。出版や大学院での研究を経て、2015年には、離婚した日本人移住者女性のサポートグループを設立しました。そして現在は、家族法専門の法律事務所で日本人の離婚案件に携わっています。

そんな私は、カナダの結婚をテーマとしたブログに気がかりな内容を度々見かけます。「カナダでは、法的に婚姻していない事実婚配偶者にも同居中に築いた財産への権利がある」というものです。

カナダの家族法は州によって異なります。ですから国際結婚や離婚に関するインターネット情報の「カナダでは…」という表現には、正確性に欠ける場合があります。そこで今日は、オンタリオ州における法律婚と事実婚の違いについて紹介させて頂きましょう。

事実婚の経済的権利

オンタリオ州には「法的に婚姻関係にある者が離婚する場合、二人が同居していた自宅がどちらの名義であっても、別居時点の時価で折半する」というルールがあります。また、法律婚においては、婚姻中に築いた預貯金などの財産に対しても夫婦が平等な権利を有します。

しかしこれは、事実婚には適応されません。2019年3月現在、オンタリオ州の事実婚配偶者には、相手名義の財産に対する権利はないのです。

したがって、事実婚を解消する際「同居中に経済的貢献をした、相手名義の財産に対する自分の権利」を主張したければ、法的手段に訴えるしかありません。これを「不当利得返還請求」と呼びます。

この事実婚の財産をめぐる争いでは、「名義人でなくともその財産への権利が認められる場合」と「名義人であってもその財産への権利が認められない場合」があります。

名義人でなくとも財産権を認める場合

自分名義でなくとも、長年ローンを返済した自宅や、二人で営んできた事業に対する権利を主張したいのも無理はありません。また、専業主婦であっても、長い間夫を支えてきた「内助の功」は、考慮されてしかるべきでしょう。

この内助の功を考慮した財産分与こそが、法的婚で自動的に認められる配偶者の権利です。一方、事実婚の場合、相手名義の財産への権利を主張したければ、先に挙げた「不当利得返還」を申し立てなければならないのです。

2011年、カナダの最高裁は、「同居期間中に協力して築いた財産を名義人が独り占めしていることが立証されれば、事実婚配偶者に財産分与を認めるべきである」という判決を下しました。

名義人であっても財産権が認められない場合

一方、名義人に経済的貢献が全くない場合もあります。例えば、事業が倒産しても全財産を失わないよう、自宅を配偶者の単独名義にしておくことは一般的です。

しかし、この「名義借り」は、事実婚解消の際に問題になります。その財産の購入資金を調達した者が、「本当の権利は自分にある」と申し立てることも少なくありません。

この場合の法廷の判断基準は、「名義を借りた時点で、配偶者への贈与の意思があったかどうか」です。この贈与の意思を立証するには、それを示す文書の存在が問われます。

約束を文書にすることの大切さ

法的権利が確立されていない事実婚において、財産に対する配偶者間の権利を守るには、あらかじめよく話し合い、約束を文書に残しておくことが重要です。

配偶者間の約束を契約書にすることは、けっして居心地のよいものではありません。けれども、「万一の場合には、居心地の悪さなどとは比較にならない苦痛に苛まれることになる」と考えれば、契約の長所が納得できるに違いありません。

これは、相続争いを避けるために、遺言書を残しておくことと似ているかもしれません。

カナダでは州によって法律が異なること、オンタリオ州における事実婚配偶者には、財産に対する権利が与えられていないこと、さらに配偶者間の約束を文書に残すことが大切であることなどは、どれも日本人には馴染みの薄いものです。しかし、日本人同士の結婚であっても、カナダで暮らす夫婦には、在住する州の家族法が適用されることを心に留めておくことが大切です。

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