トロントのハウジング・クライシス
文・三船純子
カナダBC州のSimon Fraser 大学 のリサーチによると、トロントはロサンジェルス、サンホゼ、バンクーバに次いで、北米で4番目に住宅価格が高い都市にランキングされた。一時加熱化した不動産購入希望者による入札及び取り合い競争(Bidding War)は沈静化していると聞くが、それでも良い物件の購入は予算が限られている場合には容易くはないらしい。また、2016年にBC州に於いて非市民及び非移住者向けに15パーセントの特別税が課税された後には、海外からのトロントへの不動産投資が増え、それもトロントの不動産価格の高騰に影響しているとも言われている。
この不動産価格の高騰は、賃貸物件の値上がりや、安い賃貸物件の大幅な不足をも招いている。トロント市内は、ここ10年ほど高層マンションの建設に勢いが増し、市内や近郊地域では常に新しいマンションの建設開発が進められている。ダウンタンの立地条件の良い人気賃貸物件には、賃貸希望者による入札競争のような物件の取り合いになってしまうという話も耳にする。また、
長期契約の賃貸よりも、観光客などを相手にしたAirbnbのような短期民泊にした方が利益還元が高い為、自宅や投資不動産の民泊化が進み、特に安い賃貸物件の不足が深刻化している。民泊にすることで短期滞在者がマンションなどの風紀を乱したり、賃貸ユニットや建物の敷地を損傷するなどの被害も出ている為、民泊を禁止するマンションも増えてきている。
また「Renovication」という Renovation(改装・改築)とEviction(立ち退き通告)を掛け合わせた新造語があり、家主に改装を理由に賃貸物件から撤去勧告を受け、その後家賃を大幅に値上げされ、行き場を無くした賃借者のことがニュースになったりしている。これは不動産価格の高騰に伴い賃貸料金も上がり続けている為、市場に合わせた賃貸料に値上げする為に、長期契約の借家者を追い出すとう方法だ。
トロントには低所得者向けのToronto Community Housing という市営の公営住居があるが、入居申請を提出してから実際に希望条件に合った住居に入居できるには、8年から10年くらいかかると言われている。申請者の収入、家族構成、その他のニーズ(障害や疾患の有無、DV被害者でるある否か等)や、希望する住居の大きさや希望物件の場所により、入居優先順位が査定され、約9,700人がその待ちリストに載っている。その8年以上の待ち期間に、限られた収入の中で手頃な価格の物件を探し出すのは容易いことではない。シェルター滞在者は、決められた期間内に新しい転居先を見つけるように促されても、その転居先がなかなか見つからないことも多く、入居先を探すサポートを提供するHousing Workerと呼ばれる担当者も頭を抱えることが多いようだ。1ベッドルームの部屋の賃貸料は、過去10年間で26%の上昇した中で、オンタリオ州からの生活保護(Ontario Works及びOntario Disability Support Program)の受給金額は8%しか上がっていない。
またトロント市のデータによると、カナダ政府が受け入れる難民がトロント市内のシェルターを利用する率も、ここ数年急増している。シェルター全体の利用者の難民の割合は2016年の11.2%から、2018年には40.8%に急増している。この春、カナダ政府が13億カナダドルをトロント市営住宅の修理と改善の予算として割り当てることを発表した。トロント市議会は、オンタリオ州政府へも2017年から市の低所得住宅への財政補助を働きかけているそうだが、まだ州政府からの正式な補助予算額は発表されていない。
そんな中、トロントでは毎日約9,200人もの人々が、ホームレスとして路上やシェルターなどで夜を過ごしている(注:日本ではホームレスという呼称ではなく、野宿生活者という呼称を推奨してる支援団体もあるが、ここではカナダでも一般的に使用されているホームレスという呼称を使用する)。ホームレス・シェルターの利用率は98%で、ホームレス人口の38%は一年以上定住する家がないそうだ。ホームレスになる背景には、失業、家族の崩壊、DV、精神的または身体的疾患、薬物など乱用、性的または精神的虐待などがある。
トロントのダウンタウン南部のオンタリオ湖沿いに、Gardner Expresswayという高速道路がある。その高架下に、ホームレスの人々がHomeless Campと呼ばれる、グループでテント生活をしているのが特に目につくようになったのはここ数年のように思う。シェルターに行かず、テントで寝起きする選択の理由には、プライバシーも無く、窃盗や喧嘩も頻繁に起きるシェルターで寝起きすることに身の危険を感じるということなどがあるそうだ。高架下とは言え、雨や日照りに晒され、零下20度前後にも冷え込むトロントの厳寒時にも、高架下の交通量の多い大通りのすぐ横でテントで暮らす人々がいるのだ。その高架下の美化活用ということで、スケート・リンクになったり、つい最近ではポップ・アップの高級レストラン設置の為に、9つある高架下のホームレス・キャンプが撤去された。キャンプの撤去に当たって、テント生活者のサポート・チームを市が派遣したようだが、彼らは何処へ移っていったのだろうか。