広告「ハーフの子を産みたい方に」に関する考察
文・野口洋美
2019年6月、東京銀座の呉服店が作成したポスターのコピー「ハーフの子を産みたい方に」が、インターネット上で物議を醸した。「私達はペットでも人形でもありません」という当事者によるSNSへの書き込みを発端に瞬く間に炎上したという。
呉服店側は「これまで着物にあまり関心を持たなかった方にも目を向けて頂きたいという意図で制作した」と釈明しつつ、同ポスターの掲載を廃止した。
専門家の視点
「混血」と「日本人」:ハーフ・ダブル・ミックスの社会史という博士論文を出版したばかりの1987年生まれの社会学者、下地ローレンス吉孝氏は、「メディアや広告の中で作られる『ハーフ』のイメージは、その人そのものではなく、カテゴリーとしてモノ化されているような感覚だ」とコメントしている。
下地氏はさらに「女性に対する社会からの眼差し、つまり外見の良さばかりが求められてしまっていることに対する感情が、屈折した形で『ハーフの子がほしい』という表現に現れてしまっているようだ」と続ける。
ハーフの商品化とステレオタイプ
この「ハーフの商品化」の根底にあるのは、「日本人女性は欧米系白人男性に憧れる傾向がある」とするステレオタイプだ。
お気づきかと思うが、ポスターには「白人とのハーフの子」と書かれているわけではない。にもかかわらず、多くの人々が、ここでの「ハーフの子」とは、白人男性と日本人女性を両親に持つ子のことだと受け取っている。
前記の「ハーフの子を産みたい方に」を担当したコピーライターは、東京コピーライターズクラブの新人賞を受賞したという。さらに、アメリカ人の祖父を持つ社会学者の下地氏も「ハーフ=外見が良い」を前提にコメントを寄せている。
「ハーフの商品化」に寄与しているもう一つのステレオタイプに「欧米人は着物をエキゾチックだと見なす」があることは、言うまでもないだろう。
広告のパワー
「ハーフの子を産みたい方に」という短いコピーから、 「日本人女性は白人男性に憧れる」+「欧米人は着物をエキゾチックだと見なす」=「着物を着れば欧米系白人との出会いが訪れる」すなわち「外見の良い子供が産める」が、瞬時に察知された。
ステレオタイプから生まれた広告のパワーをここに見る。そしてこのような広告がステレオタイプにさらに拍車をかける。
実際、ワーキングホリデービザでカナダを訪れる日本人に、カナダ人との国際結婚を夢見る女性は少なくない。「出会い求めてます」という控えめな期待から「ハーフのママになりたいんです」という具体的な願望まで、私はこれまで幾度となく耳にした。ここでも「ハーフの商品化」が推し進められている。
「私達はペットでも人形でもない」という当事者達の声をしっかりと受け止めたい。
参照:https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/half-kimono
(注1)「ハーフ」という言葉同様、「白人」という呼称を快く受け取らない方は少なくない。筆者は当初「白人」ではなく「欧米人」としたが、「白人」=「欧米人」も正確な表現とは言い難い。この広告が意図した「ハーフ」が「欧米系白人」を父に持つ子であることを考え、ここでは「欧米系白人」並びにその省略形として「白人」を使用した。
(注2)「カナダ人」=「白人」でないことを筆者は理解しているが、ここでも「カナダ人=白人」と考えがちな日本の風潮を意識し、あえて「カナダ人」とした