変遷する姉妹都市関係

文・サンダース宮松敬子

二つの異国の町、市、州、国がある点に共通項を見出し、公式に友好関係を結ぶのを「姉妹都市」と呼ぶ。英語ではsister citiesとかtwin townsと呼ばれるが、何故「兄弟都市」brother cities とならないのかずっと不思議で、命名の由来を知りたいと思うが、納得の行く答えは得られないでいる。

これは全くの個人的な想像だが「姉妹都市」とした方が、「兄弟都市」とするよりその繋がりに何か優しさが漂うように感じるからかしら・・・、等と勝手に考えている。

東京のカナダ大使館

それはさておき、日本とカナダ間の友好関係のみに絞り、東京のカナダ大使館の提供する資料(https://www.canadainternational.gc.ca/japan-japon/bilateral_relations_bilaterales/sistercity-jumelage.aspx?lang=jpn)を見ると、2018年8月現在71都市と言う驚くべき数字が発表されている。

加えて、Friendship and collaboration agreement(友好提携協定)というタイトルで結ばれているケベック市と京都府、またTwinned Province(姉妹州県)という名称によって繋がるアルバータ州と北海道も入れると合計73になるのだ。このうち半数近くにあたる31都市がBC 州なのは、日本に近いという地理的な見地から見れば当然と言えるかもしれない。

一番歴史が古いのは、大阪の守口市とBC州のNew Westminster市で1963年4月に、また一番新しいのは、2009年4月にアルバータ州のDidsbury市と香川県の三木町との提携である。

もちろんこの膨大な数の姉妹都市同士が、現在どの程度お互いに緊密な関係を保持しているかは、個々に当たらなければ分からないだろう。多分この中には昔提携は行ったものの、今はその熱が冷めているという所もあるのかもしれない。

80~90年代に林立

その中で秀逸なのは、バンクーバー市と横浜市のように2015年に提携50周年を祝った都市もある。式典には林文子市長自らが来加し、盛大なレセプションが催された。これは取りも直さず、たゆまぬ強い絆で二都市が結ばれて来たことを物語っており、年月を経たことで必ずしも関係が風化するとは限らない良い例であろう。

今年73歳になられた林文子市長は、政治の世界に進出する女性が極端に少ない日本にあって、当選3回を果たし2009年8月の一期目から今月で10年目を迎える。政令指定都市市長では最年長だそうだが、日本人特有の「気配り」をモットーに、きめの細かい政策を心掛けているようだ。バンクーバー市との強力な姉妹都市関係もその一端と伺える。

それではバンクーバー市から海峡を隔てたバンクーバー島に焦点をあてて見ると、7都市(Campbell River, Victoria, Port Albany, Lake Cauchon, Port Hardy, Nanaimo, Sidney )が日本と友好関係を提携していることが分かる。その内歴史が一番古いのはCampbell Riverと北海道の石狩市で1983年に、ビクトリア市が岩手県盛岡市と1985年に姉妹関係になっている。

こうした運動が一番活発だった時期は80~90年後半で、それこそ「我が町も、我が市も」と言った具合に関係が林立していた。しかし2000年代に入ると、カナダ全体を見ても提携樹立は10市がやっとで、BC州といえども3都市しかない。

姉妹都市関係は下火?

衰えるそんな傾向を顕著に表す出来事が最近あった。

それは昨年11月の地方選挙で初当選したSaanich市(ビクトリア市の北方の市)のFred Haynes新市長の言葉である。当市はRichard Atwell前市長が広島の廿日市市と姉妹都市関係を結ぶことに力を入れていた。去年4月には日本から廿日市市長が来加し、8月にはAtwell前市長が広島を訪問して毎年行われる平和祈念式典に参列した。

被爆した銀杏の種から育てた苗木

当市庁舎の前庭には、被爆した銀杏から採集された種からの苗木が植えられており、無事に育つのをAtwell前市長が心待ちしている様子が伺われた。しかし市長選に敗れたことから、彼は退任前に広島への出張費用を市に請求したのだが、市議会で却下されたと言う経緯がある。

その理由としてHaynes新市長は、「自分も広島は何度も訪れており、もちろん核兵器所持に関しては反対の立場にある。姉妹都市関係が数多く結ばれたのは60~80年代であったが、今はもう人々が自由に往来する時代で、一つの町と町が結ばれるのは余り意味がない。現在のSaanich市にとって重要なのは経済の活性化に力を入れることだ」と述べた。

この提携の話が持ち上がった2018年5月に、感触を確かめるために私はSusan Brice 市会議員にインタビューしたが、彼女も同意見で提携は望み薄と予見していた。だがなんと言っても姉妹都市関係の中で一番重要な活動の一つは、柔軟な考えを持つ両国の高校生らの若いグループが、未知の人々と交換し異文化を体験できることである。関係樹立をしないSaanich市の新方針は真に残念に思えてならない。

昨秋以来そんな萎えた思いを抱えていた中、先週末の8月11日に日本の千葉市と本土のバンクーバー市の北に位置するノースバンクバー市が、提携50周年を記念する催し物を開催した。会場はSeaBusの船着き場近くにある「千葉公園」に隣接したノースバンクーバー市の管理する広場で執り行われた。

日本人、カナダ人総勢100余人程が集っての祝賀祭のハイライトは、若い日系女性たちの演奏する和太鼓と、30分に渡って繰り広げられた神輿の渡御(練り歩き)であった。

白木で造られた見事な神輿は、日系人グループ「晩香波櫻會」の代表を務める清野健二氏の熱意にほだされて、神奈川県茅ヶ崎市の神輿職人がバンクーバーに来て組み立て寄贈してくれたもの。黒塗りの屋根は本うるしが使用されているため、雨に濡れることは極力避けたい。だが式典開始時には生憎パラパラと小雨が降り心配されたが、神輿の出番となった途端にピタリと止み会場を沸かせた。

友好関係を強固なものにするには、脇で支えるボランティアの存在が大きく、また交換留学生を引き受けたりするライオンズクラブなどの、ビジネスマインドを持った人々の協力も欠かせない事をこの式典は物語っていた。

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