イタリア旅行雑感

文 嘉納もも・ポドルスキー

この秋、夫と二人でイタリア旅行に出た。夫のサイクリング仲間がイタリアで合宿をしよう、と企画を立てたのがきっかけで、ついでに私もくっついて行くことになったのである。

合宿自体はアドリア海沿いの小さなリゾートタウンで行われるとのことだったので、どうせなら前後に少しフィレンツェに寄って散策するのも良い、と私たちは考えた。だがこれまで子供なしで旅行をした経験がほとんどないため、全ての段取りにおいてまごついてしまう。それもどこか新鮮に感じられる、結婚31年目の夫婦であった。

さて、フィレンツェで過ごした三日間、および海辺の町での日々については詳細を述べるとキリがないので、この記事では改めて「歴史」というものについて感じたことを述べたい。

そう、私は歴史が大好きなのである。

まず学校の科目という観点から言えば、フランスで高校一年生まで過ごしたため、得意とするのはヨーロッパ史。特にフランスの歴史については未だに代々の国王の名前を言えるほど、しっかりと小学校低学年から叩き込まれた。逆に日本史については過剰なほどのコンプレックスを持っていたが、それも最近、ようやく克服した。カナダで日本の社会や文化について講義を依頼されるようになり、勉強する必要に迫られたのが大きな要因だが、掘り下げてみたらこれがけっこう面白いことに気付いたのである。とにかく歴史関係であれば、テレビ番組、ドキュメンタリー映画、ネット検索、小説やノンフィクション、全てに興味をそそられる。

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ボティッチェリ「春」

そんな私がフィレンツェで楽しみにしていたのは美術館の見学であった。道を歩いているだけでもローマ時代の遺跡やルネッサンスの彫刻が続々と目に入って来るような町である。美術館に所蔵されているレベルの芸術品となると、教科書に載っていて誰もが知っているような名作揃いだ。非常にミーハーだが、ウフィツィ美術館でぜひともボティッチェリの「ヴィーナスの誕生」やダヴィンチの「受胎告知」などをこの目で見たいと思っていた。あいにく夫は私ほどに美術に関心がないので、有名な作品を駆け足で網羅する「二時間コース」の見学ツアーを予約することで折り合いが付いた。

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バンディネリ「ラオコーン群像」

結論から言うと、長蛇の列を尻目に特別ゲートから管内に入るのは快適だったが、私にとっては「不完全燃焼」という印象が強く残ったツアー見学だった。我々のガイドを務めたラリッサさんは、ウフィツィの数ある展示室の中から幾つかを選び、同じことを週に何度も繰り返している手際の良さでサッサと導いてくれる。主だった画家や彫刻家のバイオグラフィーなども交えながら、ルネッサンス芸術のダイジェストを二時間内に授けなければならないのだから大変だ。それは分かっているのだが、私は次第に苛立って、途中から二、三回、グループを離れて作品の前で留まらざるを得なかった。何しろ「この絵画のこのドレスの光沢はどういう筆遣いで描かれているんだろう」、あるいは「ラオコーンの彫刻で、胴体のどこかに噛み付いている大蛇の頭があるはずなのに」などと気になり出すと動けなくなってしまったのだ。夫などは「あれでも長いくらい」と、ラリッサの案内を評していたので、これは私の個人的なこだわりなのだろうが。

そしてもう一つ、思うところがあった。芸術家たちの生涯について説明がなされている時、そこかしこで「本当にそれで正しいんだろうか?」と疑問に感じられる点があったのである。例えばラファエロが代表作「プリマヴェーラ(春)」のモデルに用いた女性について、事前に私なりに調べておいたことと、ラリッサがまるで自分が見て来たかのように話すことが微妙に食い違っていた。もちろん、いちいち揚げ足を取ろうというのではない。だが500年、600年も前のことをどうしてそんなに確信を持って語れるのか、美術史の専門家は別の説も唱えているのに、と考え出すと全てが疑わしくなってしまうのだ。

「どーでも良いだろ、それくらい」と夫は言うのだが、私にしてみれば美術館公認のガイドから出た言葉を鵜呑みにする観光客はいくらでもいるし、その一人一人が何らかの形で拡散して行けば、疑わしい情報はどんどん「定説」として広まって行くのではないかと思える。そうなると、「我々が『歴史』だとか、『知識』と信じていることには実際、どれほどの誤差が含まれているのだろう」と疑心暗鬼になるではないか。

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「サンロレンツォ付属図書館の写本」

しかし、今回ウフィツィ美術館で多くの芸術作品に間近で接したり、サンロレンツォ聖堂の付属図書館で気が遠くなるほど手の込んだ写本を目の当たりにすると、何世紀もの時空を超えて人々の心に訴えかけて来るものは確かに存在するのだ、ということも実感した。あまり深く考えずに、美しいものは美しい、と愛でる。そしてそれらが破壊されずに私たちの時代まで伝えられたことに感謝すれば良いのかも知れない。

。。。と書きつつも、未だにずっとネット検索を駆使してラリッサの解説を検証している私である。

 

 

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