「再び歴史について」

文・嘉納もも・ポドルスキー

ひとつ前のエッセイで歴史をテーマにしたばかりだが、本稿でも再び取り扱いたいと思う。

カナダで暮らし始めた30年以上も昔のことである。私が幼少期を過ごしたフランスの国民や国自体に対して夫はどうやらあまり良い印象を持っていない、と感じることが多かった。中でも第二次世界大戦の話題になると、その傾向は顕著であった。イギリス系カナダ人を母親に持つ夫には、ヨーロッパの戦場でナチスを相手に戦った叔父がいる。そんな背景からドイツに対して根深い敵対心を持っているのならまだ分かるのだが、「フランスってアメリカやカナダと同じ側にいたALLIES(味方の同盟国)だよね?」と私が尋ねると、「いや、フランスはナチス軍にいとも簡単に降伏したので同盟国とは言い切れない」と、軽くいなされた。

これにはいささかショックを受けた。

フランスの学校で第二次世界大戦の歴史について習ったことを思い出した。フランス政府はドイツ軍の侵攻に抗えず、支配下に置かれたのは確かだ。だがその一方でレジスタンスの勇士が表面下で抵抗し、英雄シャルル・ド・ゴール大佐の呼びかけによって見事に再び自由を勝ち取った、という側面が強調されていた。そのため私の中では夫の言うような「フランス=いくじなし」という図式は成立していなかったのである。逆にナチス・ドイツに勇敢に立ち向かい、フランス国民が団結して終戦を迎えた、という印象が強かった。

その後、夫の考え方を裏付けるような言説がカナダやアメリカでは多く出回っていることを知った。そうか、北米の人々から見ると、フランスは(少なくとも第二次世界大戦当時に関しては)そういう位置づけなのか、と歴史の解釈のギャップに愕然とした。

恥ずかしながら、そう気づいてからも30年余り、私は自分の学んだ世界史の知識を改めて検証することはしていなかった。ところが一昨日、夫と一緒に第二次世界大戦初期のウィンストン・チャーチルを主役とした「The Darkest Hour」という映画を観てからまた仰天するような発見があったのである。(もちろん、この映画はフィクションであり、完全に史実どおりに描かれていないのは百も承知である。だが鑑賞がきっかけで色々と調べ直したところ、幾つかの思い込みが判明した、とご理解されたい。)

私の頭の中では、フランスで教わったとおり、

  • 「第一次世界大戦は1914年から1918年まで」
  • 「第二次世界大戦は1939年から1944年まで」

両戦争ともフランスはドイツを相手に戦い、終戦後は戦勝者側に自らを位置付けているので、悪者をやっつけた正義の味方、と記憶されていた。ところが夫が指摘したとおり、フランスは1940年のパリ陥落後、早々にヒトラーのナチス軍に降伏している。つまり厳密にはその後、ナチスと戦争を続けていたのは英国であり、そこに後からアメリカなどの同盟国が参戦してフランスをナチスの支配下から解放した、と言った方が正しい。

ドイツの全面降伏宣言がベルリンで行われたのは1945年なのに、1944年の「LIBERATION(解放)」がフランス人にとっては終戦の様に思われているのが分って、今更ながらに切なかった。

フランスは戦勝国というよりも、ポーランドなどの様に、大国アメリカを筆頭とする同盟国に「悪者から助けてもらった国」だったのか。

少なくとも夫や多くの北米人にそういう見方をされているのがようやく納得できた。

要は、子供の頃に繰り返し教わって史実であると信じていることを時には疑った方が良い、ということが一つ。もう一つは所変われば歴史の解釈も違う、いや歴史ではなくともリアルタイムで起こっている事象の解釈も違う、ということである。

多角的な観点から情報や知識を得て、包括的に判断する。そして別の立場から同じ事象がどう見えるのかを想像力を働かせて考えてみる。そういった頭の柔軟性と謙虚さを持つことが大事なのだな、と改めて考えさせられた次第である。

(追記:本稿を添削している過程でもう一つ気付いた点がある。それは夫と私が最初にこの議論をしたのが第二次世界大戦の終結からまだ40年ほどしか経っていなかったこと。また、私がフランスで歴史の授業を受けていたのはさらに遡って、終戦から25年も経っていなかった頃である。まだ戦争の記憶が生々しく、フランス人にとっても苦々しい時代であったに違いない。歴史の解釈にはそれがいつの時代になされているのか、ということも大きく影響するのだと言えよう。現代のフランスの学校では第二次世界大戦の歴史どのように教えられているのか、大変興味深いところである。)

 

 

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