パンデミック最中、人種差別問題について考える」
文・嘉納もも・ポドルスキー
パンデミックの最中、アメリカで行われた大規模なデモによって、改めて人種差別の問題について考えさせられた。
私は仕事柄、エスニシティや人種関係のイシューへの関心は普段から高い方だと思っているが、その一方で日々の新聞の見出しを見ては「またか」と多少無頓着になっているのも否めない。カナダの先住民がガスのパイプラインに反対して鉄道を封鎖した、北米の中国系移民がコロナ感染の拡大によって差別を受けるようになった、などのニュースが掲載されればその都度一応目を通すようにしているが、あまり深く考え込むことはない。
アメリカやカナダのように多くの民族や人種が共存している社会ではありとあらゆる摩擦と衝突が起こるのが宿命なのだ。何とか危機を切り抜けてお互いから学び合い、そしてより良い関係を築けるようにしていくしかない。
しかしアメリカにおける黒人の位置づけに関してはやはり特別な考察が必要であるのではないか、とジョージ・フロイドの死をきっかけに世界中に拡大した反人種差別運動が再認識させてくれた。
2020年5月25日、ミネソタ州ミネアポリス市の路上。黒人男性であるフロイド氏が、白人の警察官に逮捕される過程で8分47秒もの間に渡って窒息死させられる動画は今やあまりにも有名である。誰もがその残酷さに驚愕し「このような事態が何故起こるのか」と憤慨する。そして第二次世界大戦後にアメリカを揺り動かした「Civil Rights Movement (公民権運動)」から60年以上経過した今も続く、黒人に対する差別を告発する。
フロイド氏の死後間もなくアメリカ全土でデモが起こったのは当然だった。ここ数年だけをとってもアフリカ系アメリカ人が警察やヴィジランテによって暴行され、死に至らしめられる例は枚挙に暇がない。そこに折からのパンデミックによる緊張感も手伝い、一触即発の状況にとうとう火が点いたのだ。
その後はカナダやヨーロッパ、果てはアジアなどにデモが広がったのも世界中をロックダウン状態に陥らせたコロナ感染の影響があるかも知れない。が、とにかくジョージ・フロイドの死が人々の心の中に何かを呼び覚ましたのは確かだった。
そんな中、私が懸念を覚えるのはこのアメリカに端を発した運動を「全ての人種差別に反対するもの」と広げてしまう傾向に対してである。「人種」といった生まれ持って授けられたカテゴリーによる不条理な差別はもちろん許されるべきではない。だが世界各地で確かに起こっている差別の事象を「ひっくるめて全部反対」とするのは問題の所在を見失ってしまう危険性に繋がると思うのだ。
「人種差別はいけない」のひとことで片付けてしまう前にアフリカ系アメリカ人の歴史について勉強をし、この度の「Black Lives Matter」のスローガンの意味を理解する必要がある。いかにして彼・彼女たちへの差別が始まったのか、そしてそれが何百年にも渡っていかに変化・変容しつつも今日まで継続し、どのような影響を及ぼしているのか。たとえ自分も人種的マイノリティーとして似たような差別を受けたからと運動に同調している人であっても、この作業(勉強)を怠ってデモに参加するのは片手落ちだと私には思える。
また、「人種差別」と「人種偏見に基づいたネガティブな態度」とを同列に並べて語る人々も少なからず見受けられるのだが、そこはしっかりと区別するべきであろう。
ヨーロッパなどに旅行に行った際に「アジア人だからと馬鹿にされて、店で嫌な目に遭った」と嘆く観光客のエピソードはもちろん、私が子供時代にフランスの小学校で度々虐められたことでさえも、厳密には「人種差別」であったと言うことは出来ないと思う。なぜなら「差別」は貴重な資源へのアクセスを遮る「妨害行為」であって、単なる「意地悪な態度」ではないからだ。
人種を口実とした妨害行為が生活の様々な分野にわたり、そして世代を超えて長期的に続くものであれば、個人レベルから社会システム全般へと組み込まれて行くようになり「システミック・レイシズム」と呼ばれるものになる。
駐在員家族のようにある程度の期間滞在していたとしても、いつかはその地を離れる時が来る。離れるという選択肢がない者にこそ社会構造全体に沁み込んだ差別は大きな影響を及ぼすのである。
何故、アメリカでは未だに「白人対黒人」という人種抗争が最大の社会的イシューであるのか、今一度歴史を振り返りつつ見直す必要があると思った次第である。
追記:以上のことを考えながら、自粛生活中はテレビ、YouTube、Netflixで参考になるドキュメンタリーを見漁った私である。その中からお勧めのもののリストを以下に記しておく。
- 『13th -憲法修正第13条-』(13th)は、エイヴァ・デュヴァーネイ監督による2016年のアメリカ合衆国のドキュメンタリー映画である。人種差別、法と政治、そして大量投獄の関係性に踏み込んだ作品である。タイトルの13thは合衆国憲法修正第13条(奴隷制廃止条項)を意味する(ウィキペディア引用)https://www.youtube.com/watch?v=krfcq5pF8u8
- 「ReMastered : The Two Killings of Sam Cooke 」1950年から60年にかけて絶大な人気を誇ったソウル・シンガーのサム・クックは公民権運動に積極的に賛同したことでも知られている。33才で不慮の銃撃事件に遭って命を落としたが、このNetflix ReMastered シリーズのドキュメンタリーでは事件の裏に隠された闇、そして彼の死後のレガシーがいかに搾取されたかについて触れている。https://www.netflix.com/title/80191045
- 「I Am Not Your Negro」黒人作家、ジェームス・ボールウィンの「Remember This House」と題された未完のエッセイを元に制作されたドキュメンタリー映画。ボールドウィンの友人でもあったMedger Evers, Martin Luther King Jr, Malcom Xの三大公民権運動家の記録を綴っており、TVOntarioで放映されている。https://www.tvo.org/video/documentaries/i-am-not-your-negro