パンデミックの最中、カナダ・オンタリオ州トロントから日本に向かう

文・嘉納もも・ポドルスキー

この記事を日本で書いている、と言うと驚かれる方々も多いだろう。

なにせオンタリオ州は昨年12月26日に二度目のロックダウンに入り、2021年1月12日には緊急事態宣言まで再び発生しているのだ。コロナ感染の拡大を防ぐために人々は長距離の移動を極力控えるように言い渡されているので、不要不急の海外移動を試みようものなら「なんと非常識な!」と睨まれてしまう。

例年ならばカナダの極寒を逃れてフロリダのコンドミニアムで冬を過ごす ”Snow Birds”(アメリカに向かって南下するカナダ人を渡り鳥に例えた呼び名) たちも非難を恐れて自宅に留まっていると聞くし、州政府の要人や官僚たちはバケーションでカリブ海の島などに行ったのがバレると辞職に追い込まれる羽目になる。そんなとげとげしい空気が満ちているのである。

私とて2020年3月11日にWHOがパンデミック宣言を出してからは、当然のことながら全くカナダを離れる気になれなかった。

それどころかロックダウンが課されようが解除されようが、いつしか家を出るのは近所のスーパー、薬局、酒屋に行く時のみとなり、特に秋以降は夫と息子たち以外の人と全くと言って良いほど接触していなかったのである。神戸に住む老母とは昨年の1月に日本に帰ったきり会っていなかったが、ワクチンの接種が広まって事態が落ち着いたら会いに行けば良い、と悠長に構えていた。

ところが2021年が開けると母が頻繁に体調を崩すようになった。その都度、兄が駆け付けてサポートしてくれていたのだが、遠いカナダからその様子を伺っていてふと「このまま会えなかったらどうしよう」という不安に襲われた。

頼みのワクチン接種はカナダでも日本でも遅々として進まず、見通しも立たない。やおら焦りが募って気が付けばエアカナダのウェブサイトでチケットを予約していた。この渡航は「on compassionate grounds (温情的措置)」で許されるはずだと思うことにした。

さて、そうと決まれば準備は忙しい。現在は日本政府もカナダ政府も、それぞれ出発72時間前のPCR検査陰性証明書を取得することを渡航者に求めている。

私もすぐにその段取りを進め、無事に検査の予約を終えた。ところがその翌日にエアカナダからメールが来て、私の出発予定日の三日前である2月15日を最後に「トロントから(バンクーバー経由)成田行きの便を少なくとも4月30日まで運休するので、あなたのブッキングをキャンセルする」と言って来た。一瞬、これで日本行きを諦めなければならないのかと思ったが、まだ一週間ほどの余裕があったのでその最終便に慌てて予約を変更し、PCR検査も合わせて前倒しに予約し直した。

その時点から日本到着までの全行程、そして自粛生活に入るまでを記していると長くなるので、今回の記事ではトロント出発前と成田到着後に受けた検査に特化して書かせていただくことにする。

カナダ側で出発前に受けたのはnasal swab という例の鼻の奥に細長い綿棒を突っ込む採取方式によるPCR検査であった。処置にあたった看護師の腕が良かったのか、懸念していた割に全く鼻への違和感はなかった。結果は24~48時間以内にメールで通知されるということで出発前に間に合うのかどうかが不安だったが、夕方に検査を受けてその翌日の明け方にはちゃんと送られて来た。

エアカナダと直接提携しているLifeLabs というラボラトリーが作業を請け負っているので信頼できるとは思っていたが、全てがあまりにもスムーズに運んでかえって拍子抜けしたほどである。有料(日本円にして2万円弱)であるとはいえ、近所のドラッグストアで検査を受けることができる手軽さも有難かった。

一方、日本に到着して成田空港で受けたのは、唾液を元に感染の有無を調べる「抗原検査」である。この検査法は短い時間で結果が出ることから渡航者の空港到着時に実施するのに有効だが、PCR検査に比べると精度は若干、劣るそうである。

飛行機から降りて長旅の疲れを背負ったまま、緊張して検査場へと向かうわけだが、私にはこれが想定外の笑いの場となった。

順番に簡易ブースへと促され、プラスチックの漏斗を駆使して試験管に唾液を入れるようにと言われるが、これがなかなか難しい。試験管に印されている所定のラインに達したと思って係の人に見せると「上半分は泡ですよね?透き通った唾液じゃないとダメなんです」と突き返される。やれやれ、とブースに戻ってふと壁面に目をやると、チラシが二枚貼ってあった。ひとつは「切ったレモンの断面」の画像、もうひとつは「梅干しの盛ってある皿」の画像であった。

抗原検査の場で梅干しの画像が役に立つのは日本人だけだろうに、と思うとあまりにも可笑しくてしばらく笑いが止まらず、唾液の提出どころではなくなった。さんざん苦心した果てに無事に検体を受け取ってもらってからも、しばらくは思い出し笑いをしていたほどである。

ところがその後、カナダの家族にこのエピソードを語ると次男がさらに驚くようなことを言った。

「そもそも酸っぱいものを思い浮かべると唾がこみ上げる、っていう発想自体、日本人特有なんじゃない?」

とすると私は梅干しを問題にしていたのだが、日本人以外にはレモンでさえもブースになぜ画像が貼ってあるのか咄嗟に理解できない、ということなのだろうか?

ぜひ、読者の皆様のご意見を聞いてみたいものである。

なお、成田空港では「水際対策」に関連して検査以外にもさまざまな書類を提出したり審査を受けたりする手続きがあるのだが、戸惑っていると丁寧に説明をしてくれるスタッフが随所に配置されていて助かった。

スタッフには若者が多く、一様にきびきびとしているのが好印象を与える。東京オリンピックの開催を見据えて、おそらく彼・彼女たちの多くは英語でも対応ができるように訓練されているのではないかと想像したが、なにぶん、私の乗った便には日本人以外の乗客がほとんどいなかったのでその点を確認するには至らなかった。

しかし外国語の堪能なスタッフをいくら備えていても、検査場の梅干し(そしてもしかするとレモン)のチラシで日本人の異文化コミュニケーションのレベルが露呈してしまうとすれば、あまりにも切ないかも知れない。ここはひとつ、誰か(私?)が厚生省あるいは外務省に指摘をして、検討を促すべきではないだろうかと思っているのである。

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