2021年コロナ禍の日本滞在記➂ 「存在する様でしないルール」

文・嘉納もも・ポドルスキー

シリーズ第一弾では2021年2月に日本に帰国した際に私が陥った「ジャングル老兵・シンドローム」という(私が勝手に命名した)不思議な心理状態について書いた。

同じコロナ・パンデミックに見舞われていると言っても、カナダと日本ではあまりにも人々の対応が違っていたので、日本に帰国後しばらくは何が正解なのか分からなくなってしまった。それまで1年近くに及ぶカナダでの自粛生活が間違っていたのだろうか、と疑問を持つようになったのである。

だが何はともあれ実家での最初の二週間は一歩も外に出ず、母と同じ部屋にいる時はマスクを着用し、食事をするのも別々の場所で、と徹底した。しかし十日目を過ぎた辺りから何となく自分でも「ここまでする必要があるのかしら」と思い始めたが、せっかく帰って来たのに母に感染させてはシャレにならない、という一心でやり通した。

隔離期間が明けてようやく最初に外出したのが母の定期健診の付き添い時である。いつも混んでいる病院なので、マスクとアルコールジェルを完備して戦々恐々としながら出かけた。

案の定、各診察室の前に設けられている待合スペースはしっかりと埋まっていた。他の患者が平然と座って順番を待つ中、母を守ろうとなるべく空いた場所を探す私はやたら眼光が鋭くなっていたかもしれない。

何とか診察を終えて、会計エリアでまた驚いた。壁には「前後の距離を開けてください」と張り紙がしてあるものの、人々はお構いなしにけっこう「密」な状態で並んでいたのである。自分の前にいる人とのスペースは開けられるが、後ろから詰めて来る人にはどう対処すればよいのか、と泣きそうになった。


2021年5月20日撮影
緊急事態宣言下の兵庫県のデパ地下

普段でも病院通いは気の張るものだが、この日は帰宅してドッと疲労が押し寄せた。

もちろん、数週間もするとそんな私とて必要に迫られて適応していったのである。実家の用事は山の様にあり、いちいち外出するのを怖がっていては片付かない。

それにスーパーはもちろん、デパ地下から洋服店に至るまでたいていの店は人数制限をせずに開けているのだ。大学以外は学校も教室で授業が行われているので朝の駅は通学生で一杯。部活もあるので放課後のグラウンドは賑わっている。

人々は淡々と電車に乗り、カフェやレストランに入り、美容院やネールサロンなどにも通っている。それを来る日も来る日も目の当たりにしていると、自ずと「あ、こういうのもオッケーなんだ」と思わずにはいられなくなるものである。

そんな中、日本人がカナダ以上に守っているルールがあるとすれば「マスクの着用と手洗いの徹底」だろう。

カナダでは郊外の広い場所で散歩をする時などはマスクを着けなくても良い。そこへ行くと日本では家から一歩外に出れば、誰もいない場所でさえも皆が真面目にマスクをしている。私もスーパーの買い物袋を手に実家までの坂を上るたびに「マスクさえなければこんなに苦しい思いをしないで済むのに」と思ったが、人目を気にして必死で着けたままであった。

また「手洗い(あるいは手指の消毒)」も概ね守られているルールであった。もともと日本人は帰宅すると手を洗う習慣があったのだから違和感がないのだろう。

だが逆を返せば「マスクと手洗いさえしていれば以前の行動パターンはほぼ踏襲できる」と考えられているふしもある。

実家にはかなり頻繁に母のケアのために薬剤師や理学療法士が出入りしていたが、高齢者相手だからといって誰もさほど身構える様子がない。電気屋などの業者もしかり、である。この人たちにとっても「マスクと手洗い」が通行手形の様な役目を果たしているのだろう。(もちろん、普段の生活でも感染しないように気を付けてくれているとは思うのだが)

そこで私も帰国して二カ月が経つ頃には、レストランなどでの会食は断る代わりにお友達に(一人ずつ)家に来てもらうようになった。相手も私もマスクを終始着けたまま(母はもちろん別室)、距離を取れる広い部屋で窓を開けっぱなしにして…などなど、制限つきではあるが、カナダでは家族以外を家に入れることが全く考えられなかったのでこれは大きな違いである。

と、ここまで書いておきながら実は様々なルールは決して「絶対的」なのではない、とも言いたい。

例えば日本では誰しもがマスクをしていると言ったが、テレビでは、レストランの食べ歩きなどをレポートするタレントが、上部は開いた透明のマウス・シールドをしているのを良く見かける。通常のマスクをしていたら顔が隠れて良い画が撮れないからだろう。

だがパンデミック発生から一年以上も経ち、このウイルスが飛沫だけではなくエアロゾルによっても感染することは周知の事実だ。それを「口の前さえ覆っていれば大丈夫」と言わんばかりに、出演者に申しわけ程度の感染防止グッズを使わせている番組制作者の気が知れない。それならいっそのこと何も着けない方がマシである。

そういう私も介護スタッフを家に呼んで、長時間向かい合って母のケアの相談をしたことがある。友人は一人ずつ、と自分なりのルールを決めておきながら、赤の他人が二人でやって来ても「まあいいか・・・」となし崩しになるのは何故なのか。

要するに私も含めて、人々はこの厄介なコロナウイルスとどう付き合うべきなのか、つくづく考えあぐねているのである。日本であろうが、カナダであろうが、政治家も医師も、公衆衛生や疫学の専門家も、誰一人として一貫性のある指針をちゃんと示すことが出来ないのだ。一般人が迷ったとしても仕方がないだろう。

守るべき大筋のガイドラインはあったとしても、それぞれ自分の生活の都合に合わせて例外や抜け道を作って、時には危なっかしいことをやってしまっているに違いない。

そんな中、PCR検査とワクチン接種だけは確かなものであると思うのだが、それに関しても思うところがある。次回の記事ではそれらについて述べる予定なのでよろしくお付き合い願いたい。

(つづく)

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