「中絶医療について~カナダの視点から」
文・空野優子
一時帰国中の12月、国内で初めて経口中絶薬の承認申請がなされたという記事を新聞で読んだ。経口中絶薬とは、妊娠初期の段階で中絶を望む場合に使用され、流産を促す作用のある薬のことだ。現在65か国で承認され、私の住むカナダでは一般的な初期中絶の方法となっている。
以前なら気にも留めずに読みすごしただろうこの記事に目が留まったのには理由がある。半年ほど前、産婦人科医の妹を通じて、この経口中絶薬に関連したオンラインの署名活動について聞いていたのだ。この署名運動では、国際基準に沿った形での経口中絶薬の承認を含め、中絶、流産のケアに関して五項目を厚生労働省に求めている。
この活動を知るまで、私は日本では経口中絶薬が承認されていないということを知らなかった。また、現在日本で中絶をするには相手の同意が原則必要なこと、また緊急避妊薬が処方箋なしでは買えないということも初めて知った。
私は19歳で渡米して以来欧米で生活していたので、日本で婦人科関連の医療を受けることがなく、日本の事情に全く疎かったのだ。低用量ピルが広く普及し、緊急避妊薬も必要な時に薬局で購入できるなど、女性への医療の整った環境にいる立場からすると、この署名活動の内容は当然あるべき形だと思う。
北米で中絶がニュースになるのは、宗教的な理由による中絶反対派の運動にかかわることが多い。最近では保守派が主流のテキサス州で、一部の例外を除いて中絶が禁止となる法律が成立し、その違憲性が法廷で争われている。
対して日本の場合、そのような宗教的理由による反対は聞かれない。中絶はできれば避けたいという思いは一般にあるかもしれないが、当事者の中絶の選択肢を制限しようという動きは聞いたことがなかった。
それなのに先進国であるはずの日本で、国際基準で推奨されている、より安全で安価な選択肢が存在しないというのはいったいどういうことなのだろう。
報道によれば、日本産婦人科医会は、仮に中絶薬が承認されたとしても、薬の運用や費用について、現在の中絶手術と同等程度(現在の初期中絶手術費用は10万~20万)が望ましいとの方針を示している。世界平均740円とのデータもある経口中絶薬が、日本では破格の値段で処方されるかもしれないということになる。
この費用について、薬の服用後に処置が必要な場合もあることが理由の一つらしい。一方、現在中絶手術で一定の収入を得ている産婦人科業界にとっては、安価で薬の処方が可能になることは病院経営に影響する、といった事情もあるようだ。そんな論理で法外な中絶費用を課すなんて案が出ることがあれば、カナダであれば女性団体だけでなく一般市民から猛反発を受けるだろう。
より安全で選択しやすい中絶法が日本で許されていないのは、政策決定にかかわる人の中に女性の数が少ないことも関係しているのではないだろうか。女性、特に若い女性にとって切実な問題なのに、当事者となる人の声が反映されにくいことが背景にあるように思う。
妊娠が、年齢、性別にかかわらずだれにでも起こりうる現象だったならば、日本でも、とっくの昔に安全かつ安価な処置が受けられる環境が整っているはずだと思ってしまうのは私だけだろうか。
当然のことながら、子どもを産むか産まないかという選択は人生を左右する。だからこそ、医学的に推奨された形での中絶という選択肢が保障されるようになってほしい。そのために精力的に活動している方々を陰ながら応援したい。