日本の学校は崩れるのか
文・鈴木典子
今年2022年7月23日付の週刊東洋経済の表紙に大きく「学校が崩れる」の文字がある。同号の特集の一つ「教員不足が招く連鎖崩壊」の表紙見出しだ。
記事では公立学校での先生不足を紹介し、その原因といえる構造的な課題として、非正規教員への依存、「発達障害」児童生徒の急増による特別支援学級担当教員の増加、「定数改善」が進まず教員増加の制度的予算的枠組みができないなどを挙げている。

「公立学校の教員不足」が報じられたのは今年1月に文部科学省が公表した初の「教師不足」調査である(2021年5月時点。注1)。文科省の発表は「全国の公立学校のうち1897校が2021年度の始業日時点で、産休などで欠けた教員の代役となる『臨時教員』(常勤講師)を補充できず、2558人の『教員不足』が発生していた」という内容だ。この数字は2021年度の実績だが、今年度が始まった4月以降にSNSや新聞報道などで情報が発信され、今の実態は昨年度以上に深刻なことが明らかになった(注2)。
学校で教員の欠員があるということは、担任がいない学級がある、専科の教員がいない専科科目があるということで、一人の教員が複数の学級担任をする、副校長や校長が担任をする、専門外の教員が専科を担当する、ということだ。年度が始まった後も産休・育休を取得する教員がいれば、さらに状況は悪化する。
問題はそもそも教員になりたい人が減っているという事実だ。これも文科省の調査によると、2021年度の公立小学校教員の採用倍率は、全国平均で2.5倍で過去最低を更新している(注3)。前年比で採用者数が800人弱しか減っていないのに対し、受験者数は8000人近く減っているのだ。
これは同時に上記の臨時休業者の代わりをする人が減ったということでもある。採用試験の不合格者が「講師名簿」に登録して、「臨時的任用職員(常勤職員に欠員が生じた際に臨時に任用される職員)」として常勤教員が不足した場合の穴埋めのなり手となっているからだ。
採用試験を受ける資格である教員免許状授与数も、R2年度には19.6万で前年から3.7%近く減少している。政府は教員確保のために、教員免許がなくても教員になれる「特別免許制度の積極的活用」を今年4月に緊急通知したほどだ(注4)。この特別免許は、教員免許が失効した人にも出して元教員や教員になりたかった人を発掘しようとしているが、更新制度の廃止と合わせ、今まで免許更新のために研修を受けたり更新料を払ってきた現役教員から総スカンを食らっている。
教員になりたい人が減っている大きな理由は、免許制度や採用試験が問題ではなく、働く環境の問題だ。これは、拙文で紹介した「Twitter教師のバトン」で噴出した学校現場の悲鳴からも明らかなように、教員という仕事が「ブラックな職業」になっているのだ。「給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)」の「月額の4%を手当てとして支給することにより時間外手当を支払わない」などの規程改正が改善の大きな柱となる。また、2025年までに実施される部活動の地域委託も、顧問教員の負担の軽減を目的としたものである。抜本的な制度の改善で効果が出ることを心から願っている。

もちろん制度の改善は重要だ。しかし、子供のあこがれの職業であり尊敬される職業であったはずの教職をここまでブラックな職場にしてしまったのは、「子供のため」に24時間365日を教師として働く教員の使命感と善意への甘えであり依存だと思う。
教師である前に一人の社会人であり、親・子、妻・夫としての家庭人であるはずなのに、私人としての時間を持つことが許されない。トイレに行く時間も無いという「人間としての」時間を持つことさえ許されない教員も多いのが現実だ。
教師としての仕事にしても、タブレットの設定・接続や経験したことのないスポーツの部活動顧問など専門外の仕事、委員会・会議や報告書作成などの非効率な事務手続きのために、肝心の教案作成や授業準備にあてる時間が無くなっている。
給食費の集金、コロナ感染予防のための消毒、盛り場の巡回、セクハラ紛いのスカート丈のチェックなど「教員免許を持っていなくてもできる仕事」は「いたしません」と言えないのか?学校に家庭でできないことを押し付けていないか?自分の生活を大事にしようとすると「子供がかわいそう」と同僚や保護者に攻められ、罪悪感に苛まれ心身ともに疲弊してしまうのは、どう考えても異常な状況だ。働いた分の報酬を求めるのは労働者の当然の権利なのになぜ教員にだけ無償の奉仕が求められるのだろう。
この状況を打開するには、仕事の量を減らせないなら教員または授業以外のことを処理する職員の数を増やすことしかないということは、素人でもわかる。この単純明快な解決方法は、教員や職員を増やすことで莫大に(しかも今後永久に)増える予算をねん出することができない文科省にとっては、わかっていても選ぶことのできない手段のようだ。安部元首相の国葬に費やす費用は一時的の支出で使った結果が目に見えるし、今払っている税金が今使われるので、国民は反対も賛成もすぐに表明できる。教育にかかわる人件費はすぐには成果が見えず、効果が出るころには自分の子供は学校を卒業しているから恩恵にはあずかれない…。
日本の学校を崩さないために、私たちには何ができるのだろう。
注1:「教師不足」に関する実態調査:文部科学省(2022年1月31日公表)
「教師不足」に関する実態調査:文部科学省 (mext.go.jp)
注2:「新聞報道によると、昨年度の文科省調査では不足がゼロだった東京都でさえ、この4月に小学校で約50人の欠員が発生している。」
東洋経済education×ICT>連載「今変わらなくて、いつ変わる? 学校教育最前線 教育研究家 妹尾昌俊>2022/5/27教員不足「さほど深刻ではない、もっと教員を減らすべき」の大いなる盲点
教員不足「さほど深刻ではない、もっと教員を減らすべき」の大いなる盲点 | 東洋経済education×ICT | 変わる学びの、新しいチカラに。 (toyokeizai.net)
注3:「教員離れ」止まらない 公立小の採用倍率、21年度最低: 日本経済新聞 (nikkei.com)
参考:2000年の公立学校教員採用選考試験の倍率は13.3倍だったのに対し、2021年の倍率は3.8倍。
(参考資料1)令和4年度公立学校教員採用選考試験の実施状況(第1~11表) (mext.go.jp) (参考資料)R3年度教員採用選考試験実施状況(第1-9表) (mext.go.jp)
(参考資料)R2状況調査_第1-9表 (mext.go.jp)
(参考資料)免許状授与件数 (mext.go.jp) R2~H30
注4:「教員不足」で緊急通知 “特別免許制度の積極活用を” 文科省 | NHK | 教育
注5:【学校の働き方改革】改正給特法成立|2021年4月1日より教員への「一年単位の変形労働時間制」適用が可能に | 勤怠打刻ファースト (ieyasu.co)
資料1-1 公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法の一部を改正する法律について (mext.go.jp)