芳醇な風味と卓越した香気

文・野口洋美

「そうですね、こちらは風味が芳醇で、香気も卓越しております」

11月のデパ地下。買おうとしているのは、コーヒー豆。

私たち夫婦は、数年前から秋から春先までを日本で過ごしている。今年も紅葉に間に合うよう日本を訪れた。

カナダ人の夫は、デパ地下が大好きで、平日の午前中に出かけては、あれやこれやと物色する。挙句、いつものスーパーより3割は高い品々を買ってくる。

今日の夫の買い物はコーヒー豆。購入したばかりの自慢のデロンギに見合う「ちょっといい豆」をご所望だ。

ちなみに、デロンギとは、イタリアの家電メーカー、エスプレッソ・マシンでおなじみだ、ということすら私は知らなかった。したがって「ちょっといい豆」とはいかなるものであるかなど、私の守備範囲ではない。

ずらりと並んだコーヒー豆の陳列にあきらかに圧倒されている夫、で、助け船を出す私。「苦くない飲みやすいコーヒー」といういかにも幼稚なリクエストに「芳醇な風味と卓越した香気」のオススメときた。

日本で暮らしていると、カナダでは文字でしか見ない日本語が、実際に言葉として発せられるさまに出会う。新鮮だ。

だが、意味もその使い方も知っているつもりなのに、カナダ人の夫への説明に窮する言葉が、なんと多いことか。「芳醇」「卓越」「香気」をそれぞれ“full-flavour” “excellence” “aroma” などと変換してみるが、伝わった気がしない。

が、夫は無邪気に“sounds good!”

「じゃあそれ100グラムください」と私。

帰宅して、さっそく豆を挽き「芳醇な風味」と「卓越した香気」に襟を正す。

UCCのオフィシャルサイトでは、「強い酸味、野性味あふれる味(キリマンジャロ)」「フレッシュな酸味、豊かなコク(グァテマラ)」「ボディの強さと上品な風味(マンデリン)」などが紹介されている。

キリマンジャロの「野性味あふれる味」が気になった。高度成長期の入り口あたりで青春時代を過ごした母が、ちょっと気取って注文したという「キリマン」は、野性味あふれる味がしたのだろうか。

「コク」ってなんだっけ?こんどはグァテマラ、飲んでみなきゃね。

そういえば、いつかワイン通に「フルボディってどういうの?」って尋ねたら「飲んでみりゃわかる」と身も蓋もない返事が帰ってきた。

などなど、私の「ひとりごと」はとどまるところを知らない。

「はじめに言葉ありき」ー 言葉を知ったとき、はじめてその存在が認識できる。けれども存在を認識して、はじめてその言葉が腑に落ちる。

「ちょっといいコーヒー」と共に過ごした、ちょっとだけ哲学的な昼下がり。

「やっぱり高い豆は美味しいね〜」とご満悦の、実にわかりやすい夫も一緒だ。

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