伝統と流行り
文・ケートリン・グリフィス
毎年クリスマスになると夫が張り切って作るデザートがある。Vinartertas (ヴィナテェゥダ)という。特徴はド派手なピンクのアイシング。彼に出会う前まで聞いたことも食べたこともないこのフルーツ・ケーキ系のお菓子。彼の説明ではこれはアイスランドを象徴する冬限定の伝統デザートだそうだ。

彼の父方の家族が全員アイスランドからの移民であり、クリスマスになると必ず食べていた思い出があるらしい。アイスランドから19世紀後半にカナダのマニトバ州へ移り住み、もうまわりにはアイスランド語を話せる親戚もいない。せめてこのデザートだけでも受け継ごうと代々作り方を教えてもらい、夫も祖母からレシピを受け継いだ。そのうち娘にも受け継いでもらう、と嬉しそうに語っていた彼だったが、数年前面白い事実に直面した。アイスランドを象徴するお菓子であると信じて疑わなかったこのVinartertas は伝統どころか現在アイスランド人でこのデザートを知っている人はほとんどいなく、それこそ私のように聞いたことも食べたこともないらしい。どういうことだろう、気になることは調べたがる性質なのでVinartertasについて検索してみた。
Vinartertasというお菓子は19世紀後半アイスランドで数年だけ流行ったことがあった。1875年がビークだったようだが、丁度この時期にカナダへ移住して来たアイスランド人も大勢いた。母国から離れ新しい土地で頑張っていくアイスランド人。1875年に流行ったデザートを新しい異国の地で作り、冬の暖炉を囲み、きっと食べながら母国の思い出話をたくさんしたのであろう。アイスランドではVinartertasの流行はほんの数年だけだったが、当時の流行をそのままカナダへ持ちこみ、廃れることなく、アイスランド系カナダ人の伝統デザートになった。

このようなギャップはたくさんあるのだろう。私が日本に住んでいたころ(もう十数年も前の話だが)家は関西だったのだが、当時は「関西人は納豆を食べない」が常識で学校の友達やその家族、知り合いが納豆を食べることはまずなかった。その概念のままカナダへ移ったので、未だに私は納豆を食べないのだが、日本を離れていた間に関西でも納豆を食べることが流行し始めたらしい。久々に日本に戻った時に「納豆なんか絶対食べたくないよね」と言っていた友達が毎朝納豆を食べるようになっていたり、スーパーでも納豆セクションがあることに驚いてしまった。しかし、何より驚きだったのが、「関西人は納豆を食べないんじゃないの?」という質問を友達や知り合いにした時「え、食べるよ、健康にいいし」「関西でもずっと食べていたよ」というような返事ばかりで、昔一緒に納豆を「腐った食べ物」と言っていたことすら忘れていることであった。納豆が関西で流行りだした時にいなかったので私だけが取り残された、いうわけだ。
さて、今年のクリスマスも夫はVinartertasをつくるが、アイスランド系カナダ人の由緒ある伝統デザートだと説明するようになった。