女オタクのその後

文・広瀬直子 

私はいわゆるオタクだった。今は、女オタクも多いかもしれないが、30年ぐらい前は、オタクのほとんどは男性だった。大阪の日本橋のパソコン店に私がひとりで買い物に行くと、男性店員が私に、ずっと前から知っていたパソコンの基礎を教えてくれようとしたものである。女性であるだけでなく、メガネをかけていないし、別にマジメな服を着ていたわけでもないので、外見も「オタク風」ではなかったらしい。

初めてワードプロセッサーを買ったのは日本で英文学科の女子大生だった20歳の頃(1988年)で、シャープの「書院」という機械だった。モニターは横10センチ、縦2、3センチぐらいのモノクロ場面で、テキストを保存することはできなかった。フロッピーディスクで保存が可能な機械が、私でも買えるような値段になったのは、それから2、3年後のことだったと思う。

書院は、大学生がバイト代で買えたぐらいだから、3万円程度だったと思う。ちょうど、一般の英文使用では「ガチン、ガチン」とキーを押す旧式のタイプライターから、電子タイプライターに移行していた時期であり、「書院」は英文の電子タイプライターとして使うこともできた。私は「書院」にハマり、大学の課題を書院で打ち、サーマルペーパーに印刷することを楽しんだ。

その頃、任天堂社のファミコンにもハマっていた。写真のようなコンソールをテレビモニターに接続し、近くの店でレンタルしたカセットを差し込んでプレイする。初期のドラゴンクエストなどは朝の6時ごろまでプレイしたし、スーパーマリオブラザーズは完遂してお姫様を救出した。ゲームばかりしていて大学の授業を休んだりしたので、最初の2年は単位をかなり落としてしまい、3年生と4年生では毎日のように大学に行かねばならなかった。「留年すると学費を出さない」と母親に脅され、なんとか4年間で卒業はした。

働くようになってからは、出版関係の仕事に長く就いていたので、デスクトップ・パブリッシングのソフトを使ってきたし、難しいプログラミングはできないが、ウェブサイトを作成する言語であるHTMLぐらいは書ける。

そして4年前から日本の大学で教えるようになって、全く予期せず、オタクであることが異常に役立つようになった。コロナ感染拡大で、オンライン授業が始まったからである。コロナのせいで大学教員には(学生にも)、IT疲れで気分が悪くなるほどコンピュータ操作が求められるようになった。

2022年度には対面授業がほとんど戻ったものの、それまでの2年間、主にオンラインで授業をしてコンピューターの前に長時間貼り付いていたから、腰痛が悪化し視力がガクンと落ちた。

そして今、50歳を超えた「女オタク」は、コンピューターのオペレーションでつまらないミスをすることが多くなった。例えば、アマゾンで買い物をして「そろそろ着くかなあ」と思っていたら、注文時に最後の「注文確定」をクリックするのを忘れていて、発注が処理されていたなかった、などということが増えてきた。

IT疲れを癒そうと、最近、ある日曜日をデジタルデトックス(解毒)の日と決めた。デバイスは「明日は朝一に携帯とメールを見て、最低限の返事をするだけにしよう」と決めて、前の晩に就寝。

そして次の朝。起きてすぐ携帯を見る。LINEとMessengerにはメッセージを着信したという知らせがバッジについてないので少しほっとするような、さびしいような。そしてコンピューターのスイッチを入れる。

メールは、重要度の順番で、第1群、第2群、第3群に分類されている。そのうち、第1群だけをチェックしよう。今日はデジタルデトックスの日なのだから。

しかし、第1メール群のうち、いくつか急な対応が必要なものに返事し始めたら、私のデジタルデトックスデーはいとも簡単に終わってしまった。リンクなどをクリックしているうちに、他にも対応した方が望ましい件を芋づる式に思い出し始めたのだ。「忘れてはいけないから今のうちに対応しておこう」などど思ってしまい、結局、第1、第2群メール、そして、別にOutlookを起動することが必要な職場からのメールを開けてしまう。

対応が必要な用件のうちひとつに、Word書類の修正がある。すぐできそうだから、今のうちにやってしまおう。

この書類には表が入っている。修正は、表を一列加えるだけだ・・・。他の表から一列分をコピペしよう。あれ!表が崩れてガタガタになってしまった!げげげ![Command Z] で、もとの状態に戻して最初からやり直したらええかなあ・・・・。ん?この機能はなんだ?こんな機能は前のバージョンではなかったぞ!あれ?あの機能はどこにいった?前のバージョンと同じ場所にアイコンがないぞ!・・・。

そうこうしている時点でもう、日曜日午前のゆうに2、3時間は経ってしまった。すでに目もショボショボするし、肩もガチガチ。

「女オタク」の肩書きは辞退しようと思います。

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