避妊を無料化?中絶を憲法に?―カナダやフランスからの学び
文・斎藤文栄
既にブリティッシュ・コロンビア(BC)州では1年前から始まっていたのだが、カナダ連邦政府は、今年(2024年)3月末に、処方箋による避妊を全国で無料化する政策を発表した。(注1)
カナダ政府が「ユニバーサル・ファーマケア」第一弾として糖尿病とともに打ち出したもので、対象となるのは、経口避妊薬(ピル)、皮下注射やインプラント、IUD、緊急避妊薬などという。(注2)ちなみに英国、オーストラリア、ニュージーランド、北欧諸国などではすでに無料化されている。(注3)
これはアクション・カナダ(Action Canada for Sexual Health and Rights)など、市民団体の長年の活動によるところが大きい。アクション・カナダは、「避妊へのアクセスは、自己負担や保険適用に頼るべきではない」「避妊へのユニバーサル・アクセスは、親になるか否か、なるとしたらいつなるか、何人子どもを持つかという選択を自由に下せるようになるだけでなく、ジェンダー不平等の減少、保健による効果を改善し、ヘルスケアに関するコストを軽減することになる」と提言し、署名を集めるなど無料化に向けてさまざまな活動を繰り広げてきた。
この発表に先立つ3月上旬には、フランスでも、議会が上下両院による合同会議を開き、女性が人工妊娠中絶を選択できる自由を憲法に明記することが決まった。フランス24(フランスの国際ニュース専門チャンネル)では、投票の瞬間をライブ中継して伝えており、歴史的な偉業として大きく報道していた。
奇しくも同じ時期に立て続けに報道されたニュースに、避妊・中絶といった「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」に関する政策が、世界では急速に進んでいることを思い知らされた。
そんな中で、私の通っているフランス語の学校で使っている教科書を見て、はっと驚く記述があった。教科書のユニットのひとつに、今時点の職場では4世代(ベビー・ブーマー、ジェネレーションX、Y、Z)が共存しており、その世代間の違いやいかに共存していくかを話し合う項目があったのだが、各世代の象徴的な出来事として、ベイビーブーマーの世代には、「経口避妊薬(ピル)の発明」が掲げられていたのだ。ちなみにジェネレーションXにとっては、週35時間制(の導入)、Yにとっては新たなテクノロジー、Zにとっては、地球温暖化が取り上げられていた。地球温暖化と並んで、ピルの発明が取り上げられていたことに、仰天した。世界では、ピルというのが、社会の中でそんなに大きな出来事として捉えられているのかと。
日本では、低容量ピルの登場は、1999年。欧米に遅れること30年とも、40年とも言われている。そして、人工妊娠中絶を薬で行う経口中絶薬も、フランスが1988年に承認して以来、やはり30年以上遅れて、昨年2023年4月にやっと承認された。経口中絶薬は、すでに処方が開始されているが、一部の指定医に限られ、また費用も自由診療のため高額である。
もちろん、低容量ピルにしても、経口中絶薬にしても、導入時に大きく報道はされたが、はたして日本社会全体にとって社会を変えるほどの大きな出来事として注目されたかというと、そこまでではなかったと思う。どうも、日本社会でのセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツに対する捉え方と、欧米での捉え方に温度差があるようだ。
今回の2つのニュースを機に、改めて「なぜ」と考えてみた。
例えば、カナダの避妊無料化について、クリスティア・フリーランド副首相兼財務大臣は、「女性は自らの健康と身体の選択について自己決定する権限を持っている。今回の計画は、低容量ピルやIUDのような普及している避妊具や緊急避妊薬を無料にするものです。900万人のカナダの女性にとって、選択の自由(フリーダム)が本当に「フリー(無料)」になるのです。それはより多くのカナダ人女性が自分の身体や人生に関する自由な選択を持つことを意味します。」(強調筆者)と語っている。
フランスの人工妊娠中絶については、日仏両国の弁護士資格を持ち、フランス法および法理論に詳しい金塚弁護士は、自身のブログ記事の中で、フランスの人工妊娠中絶のために闘ったジゼル・アリミ弁護士の言葉を紹介している。(注4)
「神を信じる女性も信じない女性も、それぞれにとって、生命を与えるということは自由の中の自由であって、その他の自由はこの自由から導かれるのです。職場における平等や、私たちの国の政治や文化、社会において完全なる存在を獲得するためには、女性にとっての大前提があります。それは、自らが自らのものであることです。もし女性が自分の体に対して権利のない状況に置かれるのだとしたら、すべての解放のための戦いは意味のないものです。」(強調筆者)
金塚弁護士は、このアリミの言葉を引用し、こう締め括っている。「(フランスでは)人工妊娠中絶は「生殖に関する自己決定」という狭い権利ではなく、より根源的な自由として位置づけられているのです。」(カッコ・強調筆者)
さらに、金塚氏はYouTubeの番組で、低容量ピルがフランスではQOL(生活の質)を高めるものとして高校生くらいから使用されているということを紹介していたが、私はそういう見方もあったかと再び目から鱗が落ちる思いだった。(注5)
この、
避妊、中絶=女性の身体を解放する手段=女性をより自由にするもの+QOLを高めるもの
という図式はあまり私の中になかったように思う。いや、もちろん、様々な文献で、記事で目にしていたし、また私自身もそのようなことを人には説明していたが、本来のインパクトの大きさを今に至るまでちゃんと理解していなかったのではないかと反省した。
いままで私は、避妊は妊娠しないためのもの、中絶は避妊に失敗した時の手段と、どちらかというとネガティブなイメージがあって、プラスの手段としては捉えていなかった。ましてQOLを高めるもの、という発想はなかったことに気づいた。
妊娠・人工妊娠中絶、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツを改めて、そう捉え直すと、フランス語の教科書になぜ「低容量ピルの発明」が掲げられていたのか理解できる気がする。低容量ピルは、女性に自由を与え、女性の社会参加を促し、社会を変えた大きな要因(=ビックバン)だったということなのだろう。
私たちは日本社会においても、「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス・ライツ」を、女性の自由を保障する根源的な権利として、さらには社会を変えるビックバンとして、もう一度捉え直す必要があるのではないだろうか。
未だに日本で緊急避妊薬の薬局販売がなかなか全面的な解禁にならない中、改めて、カナダやフランスから学ぶことは多いと感じている。
注
1、ただしアルバータ州とケベック州は現時点で全国一律なファーマケアへの不参加を表明しているため、厳密には全国とはならない見込み。
2、Government highlights next step to universal access to free contraceptives
News release
March 30, 2024 – Toronto, Ontario – Department of Finance Canada
3、Prescription birth control will soon be free in B.C. Here’s what you need to know
Birth control will still not be available over the counter
CBC News · Posted: Mar 01, 2023 4:12 PM EST | Last Updated: March 2, 2023
https://www.cbc.ca/news/canada/british-columbia/free-contraception-bc-explained-1.6764286
4、弁護士金塚彩乃のフランス法とフランスに関するブログ:フランスの人工妊娠中絶(2022.07.18)
https://ayanokanezuka.jugem.jp/?eid=56
5、弁護士・金塚彩乃×倉持麟太郎 うつろう権利 人工妊娠中絶とフランス憲法改正「このクソ素晴らしき世界」#115 presented by #8bitNews
参考
避妊法の開発は女性解放の歴史 北村邦夫(2015)
https://www.jfpa.or.jp/paper/cat84/000461.html
朝日新聞:避妊用ピル解禁訴えたピンクヘルメット集団 70年代の中ピ連を語る(2022.10.20)