作家アリス・マンローの娘の告発:親による子供への性的虐待

文・三船純子 

今年の5月にカナダを代表するノーベル文学賞受賞作家であるアリス・マンローが92歳で亡くなった。彼女は「短篇小説の女王」と賞され、2005年には「タイム」誌の「世界でもっとも影響力のある100人」にも選出された有名作家である。筆者の好きなカナダ人作家のマーガレット・アットウッドとも親交が深かったらしい。

マンローの作品を読んだことがなかったので、この機会にと思い彼女の本を数冊買い求めて、夏にでもゆっくり読んでみようと思っていた。

数か月後の7月初旬にそのマンローの実の娘(アンドリア・スキナー)によって、義父であるマンローの夫(ジェラルド・フレムリン)から性的虐待を受けていた事が明るみになった。マンローは娘を守らずに沈黙を守り、夫と添い遂げたというショッキングなニュースがメディアを賑わせた。

Andrea Skinner, daughter of celebrated Canadian author Alice Munro, revealed details of her abuse at the hands of her step-father.Steve Russell/Toronto Starhttps://www.thestar.com/opinion/letters-to-the-editor/re-evaluating-alice-munro-while-recognizing-her-daughter-s-courage-to-shatter-the-secret/article_cd2b2686-3d31-11ef-b35d-93f69654a6d5.html

義父であるフレムリンからの性的虐待はスキナーが9歳の時に始まった。そして母親であるマンローは虐待を訴えた娘を信じなかったのだ。その後フレムリンが逮捕され、性加害の詳細を記述した彼の手紙が物的証拠として上がった後も、マンローは娘ではなく彼を選んだのだった。フレムリンは2005年3月11日にオンタリオ州ゴダリッチの裁判所で暴行罪を認めたが、その事実はスキナーの告発記事が公にされるまで報道されることはなかった。フレムリンの被害者は彼の義理の娘だけではなかった。64歳でその被害を告発したもう一人の被害者(ジェーン・モーレイ)も彼女が9歳の時に彼に性的虐待を受けていたのだ。マンロー没後に行われた実の娘による告発は、著名人だった母親へのせめてもの配慮だったのだろうか。

時を同じくして今年3月に日本では、福山里帆さんという24歳の女性が52歳の実父から受けた性的暴行を実名で訴え、実父が準強姦罪で逮捕されたことがニュースになった。

彼女は中2から高2まで父親から性的虐待及び性的暴行被害を受けていた。父親が自首を拒否した為、彼女は2023年に刑事告訴することを選択した。保守的な日本社会の中で実名で実の父親を告訴するのは極めて大変な決断だったろうと想像がつく。父親に性的虐待を受け、助けを求めた母親にも拒絶される事は、保護者から最優先で守られるべき最も脆弱な立場にある子供に対する許されざる犯罪だ。

福山里帆さん:TBS news digital

下記のツイートを呟いている福山里帆さんの勇気に心からエールを送りたい。

“迷い、悩み、苦しみぬいて出した自分なりの精一杯の決断です。 今も同じような地獄を生きる誰かのために、私の戦いを記録します。 諦めなければ道は開ける。そう信じて必死で生きた10年。 まだ、始まったばかりです。 私は諦めない。このような犯罪がこの世界からなくなり、傷つく子供が1人でも減る未来のために、全力を尽くします。“

カナダのオンタリオ州では児童が虐待されているまたは虐待のリスクがあると合理的な理由で疑う状況がある場合には、その懸念を地元の児童福祉機関(トロントの場合CASなど*)などに報告するという義務が専門職だけではなく全ての大人に課されている。またカナダでは近親相姦の加害事実について知っている者やその嫌疑が疑われる状況認識のある場合には、法律によりその人物を警察に報告する義務がある。

筆者は仕事を通して親や周りの大人から性的虐待を受けた相談者の苦しみを聞く機会があり、その苦悩が何年経っても癒されがたいことを目の当たりにする。信頼すべき親や保護者や家族が加害者である場合、被害者である子供のトラウマは計り知れない。子供の頃に性的虐待を受けた被害者は、大人になっても恥や罪悪感、恐怖の感情に悩まされ続けている事が多く、中高年になってからやっとその苦しみと向き合う被害者も多い。

トロントにはGate House*という被害者の為のサポート団体があり、モンローの娘スキナーもこの団体から彼女の兄弟・姉妹と共にサポートを受けている。前述の福山里帆さんが自分の罪を認めても自首しない父親を刑事告訴したのは、彼女がこれから自分を肯定し生きていく大切なヒーリングのプロセスなのだ。

6月に購入したアリス・マンローの本はまだ読めないままになっている。彼女のプライベートと彼女の作品の文学的価値は切り離すべきだという声もあるが、マンローが自分の娘を守ろうとせず、娘を虐待した小児性愛障害者である夫との生活を選んだ事実を切り離して、彼女の作品を読むことは私にはやはりできない。

Photo by Ylanite Koppens on Pexels.com

 *CAS (Children’s Aid Society): https://www.torontocas.ca/

*CCAS (Catholic Children’s Aid Society): https://torontoccas.org/

*JFCAS (Jewish Family Children’s Aid Society) https://www.jfandcs.com/children-s-aid-society

*Native Child and Family Services Toronto   https://nativechild.org/

*Gate House:  https://thegatehouse.org/

<参考>

https://www.thestar.com/news/alice-munro/

https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000340668.html

https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/1078742?page=3

https://www.canada.ca/en/public-health/services/publications/health-risks-safety/provincial-territorial-child-protection-legislation-policy-2018.html