「寿司と刺身はどう違う?」「あなたは仏教徒?」

文・広瀬直子 

私は60年近い人生の半分ぐらいをカナダやドイツなどの日本国外で過ごしたが、タイトルの質問は、その時に日本のことをよく知らない人にしばしば英語で尋ねられたものだ。海外に住んでいる日本人の皆さんも聞かれる質問ではではないだろうか?

みなさんはどう答えているだろう?寿司と刺身はどう違う?みなさんは仏教徒?

寿司と刺身の違いは明白だが、自身が仏教徒かどうか、真面目に考えてみたことはあるだろうか?これは意外に難しい質問である。

皆さんが日本で生まれ育った場合、会話する相手が日本で生まれ育った人でなければ、会話の内容は変わってくる。相手は日本の外の視点から日本を見ているから、日本の家族や友達と話すときとは違い、自分自身考えてこなかったような質問をされるのだ。私たちも他の文化に対して同じようなことをしているであろうから、これは仕方のないことだ。

このような時に、みなさんのコミュニケーション能力が試される。付け焼き刃の答ですまさなければならないことも出てくるだろう。

例えば、寿司と刺身のちがい。

Sushi is fresh fish with rice, and sashimi is fresh fish without rice.

これは、決して間違った回答ではない。何の準備もしていない回答としては優れた方だろう。

しかし、sushi is flavored rice with ingredients such as seafood,  and sashimi is sliced seafood. (寿司は味付けをしたご飯に魚介類などのネタを付けたもので、刺身はスライスした魚介類のことです)と答えることができれば、より良く日本の食文化を伝えることができると思わないだろうか?

日本で長年生活した私たちが当たり前のように認識していることでも、外国の人にとっては異文化の知らないものであることが多いので、私たちは改めて「寿司ってなんだったかな?」と考え直すことが必要になるわけだ。

それを日頃から考え、学習して準備しておくことで、的確に伝えられるようになる。英語が流暢なだけでは上手く伝えることはできない。寿司とは何か?刺身とか何か?とは、私たちは普段考えていないからだ。異文化の人に伝えるには、基本に還って説明しなければならない。

私は日本の大学で「英語で日本を紹介する」という授業を教えているが、日本のことを英語で伝える学習をわざわざするのはそのためだ。和食などは、無形世界文化遺産に指定されているほど優れた食文化だから、日本で生活をした私たちは、それをうまく伝えることに貢献したいところ。うまく伝えることができれば、とてもいい話の「ネタ」になると思いませんか。

さて、「あなたは仏教徒ですか?」は、寿司と刺身よりもずっと難しい質問だ。

日本人の多くは、「あなたは仏教徒ですか?」と訊かれると、「私には宗教はありません」と回答する。

しかし考えてみよう。親族が亡くなったとき、葬儀をとり行ったのは仏教の僧侶ではなかったか?自身が生まれたとき、「お宮参り」といって神社に行き、神道の儀式を神主が執り行ったのではなかったか?神社で結婚式を挙げるカップルも少なくない。

これらは、立派な宗教行為である。

つまり、日本人はなんとなく見過ごしているものの、海外的視点から見れば多くの日本人は「仏教徒」であり同時に「神道教徒」だ。唯一神を信じるキリスト教徒やイスラム教徒、ユダヤ教徒からすれば、信じられないような「ダブル宗教」の信者である。特に日本人の「神道教徒」と「仏教徒」を足せば、総人口をゆうに超えることは、統計的にも証明されている。(『令和4年文化庁宗教年鑑』)*

私自身が、そのような典型的な日本の家で育った。個人的には、この仏教と神道の共存は、ある意味平和であり、悪いことでも変なことでもないと思う。

仏教と神道の共存について、そして、お葬式は仏教の僧侶が執り行い、結婚式は神道の神主が行った自身の経歴についてどう話すか?これは個人の判断に委ねられるところだ。

で、”Are you Buddhist?”への回答。

私の回答は、相手により

“Yes, I am.” (ひとことで終わらせるのが必要なとき。嘘ではない)

“Yes, but I was born both Shintoist and Buddhist.”(こちらが真実に近い)

のふたつだ。

実際には、キリスト教の学校に行き、今はそこで働いており、キリスト教の流れも大きく汲むカナダに長く住んでいたのでキリスト教の影響もたくさん受けていると思う。

教会で結婚式を挙げるカップルは、神社で挙げる人より多いかもしれないので、ダブルどころか「トリプル宗教」の信者と見做される日本人は相当多いだろう。

人の心は統計には出ないし、簡単に言語化できるものではないのだ。

*『令和4年文化庁宗教年鑑』https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/hakusho_nenjihokokusho/shukyo_nenkan/pdf/r04nenkan.pdf