ドジャーズ対ブルージェイ戦がカナダに贈ってくれたもの

文・三船純子

肌寒く冷え込んだハロウィーンの翌日の土曜日に、野球のメジャーリーグの優勝決定線であるワールドシリーズトップの勝敗を決める第7戦、トロント・ブルージェイズ(以下ジェイズ)対ロサンゼルス・ドジャースの最終戦がトロントのロジャーズ・スタジアムで開催された。昨年は最下位チームだったジェイズが昨年優勝したドジャースとの最終戦シリーズまで漕ぎつけた数週間は、トロント中が今までにない熱狂的な盛り上がりを見せた。

私自身は実は大の野球ファンではないが、野球シーズン中の恒例行事としてロジャーズ・スタジアムに年に数回は足を運ぶことが多い。どちらかというと野球好きの家族や友人達に誘われ試合についていく感じだ。今回のドジャーズとのプレイオフが始まった際には、我が地元の岩手県花巻市出身の大谷翔平選手、そして佐々木朗希選手や山本由伸選手もいるドジャーズを勿論応援するつもりでいた。日本の家族や友人などから「どちらを応援するの?」と聞かれて「やっぱり日本人選手のいるドジャースかな」と返し、カナダ人の家族や同僚などには「ジェイズを応援するけれど、日本人選手達はどうしても応援してしまいそう」と答えていた。

ところが最終戦シリーズでジェイズが勝ち進むにつれて、周りのジェイズ応援の過熱度がどんどん上がってくると、あまり野球に関心が無かった自分もどんどんジェイズ疾風に感化されてくるのを感じた。7回戦までは実は試合を見始めても途中で寝てしまっていた。夜中に目が覚めて試合のスコアを確認しながら、どこかでジェイズがドジャーズに勝てる確率はあまり無いと思っていた節もある。それは周りの野球ファンも同様に感じていた節がある。ところがジェイズが勝ち続ける根強さとチームワークを証明し続け、ジェイズが32年ぶりに世界一になれる可能性が高くなるにつれ、トロント中がジェイズ・フィーバーに包まれていったのだ。

Steve Russel / Toronto Star

どれくらいの盛り上がりだったかというと、今回のワールドシリーズ第7戦はカナダ史上最も高額なスポーツイベントとして正式に記録されたそうだ(@TickPick)。普段50ドル程の立ち見席のチケットが1,200ドルから2,000ドルまでに跳ね上がり、ホームベース後方の座席は21,000ドルを超えたそうだ。とにかくトロント中がジェイズ・フィーバーに吹き荒れたのだった。

このところトランプ関税報復に苦戦する一方、その打撃に対抗すべく米国製品非買キャンペーンに合わせて自国製品購買運動が活発化しているカナダである。広がり続ける経済格差に増え続ける犯罪や不透明な将来への不安など、あまり明るいニュースがなかったように感じていたカナダ人やトロントニアンにとって、ジェイズの快進撃は久々に心躍る出来事だったのではないか。ジェイズを応援するカナダ中が一気団結して、カナダのプライドにかけてもジェイズを盛り上げなければ!という使命感がファンの間に膨らんでいったような気がする。

ドジャースの勝利を導いた山本投手の歴史的な活躍に感動しながらも、その圧巻的な彼の実力がジェイズ敗戦を招いてしまったのには複雑な気持ちだ。やはり日本人選手のベスト・パフォーマンスの為に徹底した努力を惜しまない姿勢やその活躍振りは、海外にいる私達にとっても誇らしく嬉しいものだ。2年前にジェイズを選ばずドジャースを選択した直後の大谷選手がトロントに試合に来た際、日本人移住者の友人達と大谷選手を応援しに行った。一緒に行った仲間の中には一人でも試合を観にいくジェイズファンもいた。悲しかったのは外野席で大谷を応援する私達の周りのジェイズファンからの大谷選手に対する強烈なブーイングの嵐だった。

今回のロジャーズ・スタジアム戦でも、大谷選手への「We don’t need you!」コールがニュースになっていた。そこまで根に持たなくともいいのに、品が無い野次だと思ってしまう。1000ドルの立見席で第1戦の試合を観にいった前述のジェイズファンの友人は、今回もピッチングの練習をする山本選手のすぐ近くで、大声で酷いヤジを飛ばすファンの様子を撮影してシェアしてくれたが、日本人にとっては人種差別もあるのではないかと複雑な心境になってしまう。それでもそんな野次を物ともしない彼らの活躍に心から大声援を送り続けることには変わりない。

ジェイズの敗戦が決まった直後、多くのジェイズファンは言葉無く座席から動けなくなったそうだ。泣き崩れて父親に慰められる男の子の映像は多くのファンの共感を呼んだ。勝敗に関わらずに、ジェイズのパレードを決行すべきだ、トロント市はチームの為に市役所の前の広場で式典を催すべきだといった声も多かった。

Yahoo! news

ジェイズが敗戦した翌日に、たまたまダウンタウンで会う約束があった日本人移住者の友人達と合流し、昨夜のショックから立ち直れない消沈した気持ちを慰め合った。ジョン・シュナイダー監督がチームが気持ちを持ち直すのには2週間はかかるだろうと言っていたが、トロントが優勝を逃したショックから立ち直るにも少し時間がかかりそうだ。敗戦翌日のトロントは心なしかひっそりとしてしたような気がする。

ジェイズ敗戦の一週間後にジェイズの会長マーク・シャピロはトロントスター紙に、ジェイズファンに向けたメッセージを一面広告で出した。その一部が下記だ。

「・・・振り返ってみて最も印象に残るのは、このチームが成し遂げた偉業だけでなく、ファンの皆さんが彼らに抱いた称賛の気持ちです。皆さんは彼らの根強さ、回復力、人間性、そして何よりもお互いへの愛情を観たはずです。チームメイトであることの真髄をこれほど体現したチームは他にありません。それは単なるプレーの質ではなく、彼らの人間性そのものだったのではないでしょうか。彼らの結束と無私の精神は、カナダ中の人々を一つに結びつけました。私たち全員が必要としていたこの時に、ブルージェイズは皆が愛する野球の試合を通じて、私たちを奮い立たせ、勇気づけ、結束させてくれたのです。・・・」

野球をよく知らない私でも、これが野球の醍醐味かというハラハラドキドキ満載の接戦を経験できた。優勝は逃しても色々な思いでプレイオフを観戦し応援したファンに大きな感動を与えてくれた両チームに感謝したい。私自身も野球の試合をこれからさらに楽しめるような気がしている。そしてジェイズの来シーズンの活躍を心から願ってやまない。Let’s Go Blue Jays!